電脳塵芥

四方山雑記

中国のCCTVが「ロシア崩壊後の領土分割案の地図を発表」というのはデマ


https://twitter.com/SputnikATO/status/1520061360939360256

 上記のツイートをもとにしてツイッター速報が「中国の国家テレビチャンネルCCTV、ロシア崩壊後の領土分割案の地図を発表」という記事をまとめて怪しい地図と共に怪情報が流布しています。結論から言ってしまえばデマです。まずそれぞれの画像は以下の様なもの。

1枚目の画像がロシアを分割した地図というものとなり、2枚目がこの地図が中国の報道番組で流されて「分割案が発表された」という報道の体の画像となるわけですが、2枚目の右上のロゴを見ればわかる様にこれはCCTVではなく東方衛視であり、この時点でツイッター速報は間違っているわけです。ただそれは放送局が違うだけで報道は事実だ、と言い張ることは可能かもしれませんので、まず画像の出典を見ていきます。

画像の出典

 この画像は昨日今日造られたわけではなく管見の限り初出は2020年7月2日のredditの”The nearest country to you, when in Russia”というスレッドです。タイトルの通りこれは「ロシアにいるとき、あなたに最も近い国」というもので別に分割がどうのという地図ではありません。この地図を見てどの国が近いのかが、感覚的に理解できない面もありますが……。ただ実は当時からこの地図が分割案と受け取られてはおり、例えば香港のプラットフォームである9GAGには2020年7月2日「2032年 旧ロシアの領土が近隣諸国に分割される。」、同7月3日「2014年クリミア危機後のロシア分割を国連が計画2015.」、テレグラムで@ukrainian_mapが2020年7月5日「ロシアはどのように崩壊していくのか」という様に分割案地図として広がっている事が分かります。また当時にラトビアの政府機関の人間がこの地図を分割案的な利用でツイートをしており、ロシアのメディアで批判的記事も作成されています。 それと少し時は立ちますが@ukrainian_mapはウクライナ関連を思わせるアカウントで2022年1~2月ごろには韓国の掲示板ウクライナ人が作った分割案地図の様な広まり方を局所的でしたが確認できます。
 ひとまず言えることはこの地図自体は「分割案」として生まれたものではないが、分割案地図としてネットで活用されて行っている事が伺えます。ただし、「ロシア崩壊後の領土分割案」をネット発の画像で中国の報道機関が流す可能性は著しく低く、この時点でほぼほぼデマと判断していいでしょう。

番組は何か

 上記の様にそもそもこの地図を実際の番組で利用すること自体があり得ないのですが、しかし万が一の可能性もあります。で、探っていったところカザフスタンのメディアがファクトチェックをしていたので、その記事を参照します。まずこの番組は「欣然股课堂」という番組でyoutubeにもチャンネルが存在しています。画像からも分かりますがこの番組は株式系の市場の話題を扱う経済番組であり、背景においても分割案地図を使う様な番組とは言えません。そしてファクトチェック記事によると番組自体は2021年6月30日に報道されたものとしており、こちらもyoutubeに存在します。以下はその一部のキャプチャ。


https://www.youtube.com/watch?v=MvyHNyhaS38&ab_channel=%E6%AC%A3%E7%84%B6%E8%82%A1%E8%AF%BE%E5%A0%82

見ればわかる様に右上の東方衛視ロゴ、右下の欣然股课堂ロゴの有無の差異はありますが、それ以外の各スーパー、男性キャスターに著しい同一性が見られ、今出回っている画像はこの日の番組画像の背景を分割案地図に変えたものと考えて良いでしょう。そもそも出回っている画像、地図とキャスターの境目が不自然で加工臭が元からあるんですよね。で、実際加工だったと。

 このツイート自体がいたずらか、情報戦的なものの一部化までは不明ですが、とにもかくにも地図は「ロシア崩壊後の領土分割案の地図」ではないし、「中国のテレビが発表(報道)」というのも何れもデマです。



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ウクライナ難民に「月60万円」は日本国としての支援ではないし、単純にデマ


https://twitter.com/binbou415/status/1519520646971400192

 この話がバズっているが、「月60万円」自体はこのアカウントが元ネタではある*1。 ただこのネタ自体はこのアカウントが初ではなく、初出はおそらくは以下のアカウントによるツイートでしょう。


https://twitter.com/realworldscope/status/1518939164573544449

ちなみにパクツイもあり、すでに極一部ですがミーム化しています。


https://twitter.com/moemoe_pi0306/status/1519229221725347840

月60万円(1人当たり15万円)について

 まずウクライナ難民に対して日本国としての生活費支援はNHKによる以下のまとめが分かりやすいので貼っておきます。


出典:ウクライナ避難民 相談や支援は?住宅やことば 自治体など支援まとめ
※「・11歳までは500円10歳未満 19人」の19人が謎。誤字と思われる

以上の様に一時滞在先ホテル、住居に移った後などで支給額は異なります。一番支援額が多いものを見ていっても1日当たり2,400円となり、月当たりで言えば72,000円程度です。同一家族で2人目以降は1600円となる為に48,000円。日本国としての生活費支援月15万円はデマです。またこの額は朝日新聞報道によれば生活保護費を参考にしているために日本国民と比較して特別手厚いとも言えません。
 なお、この月15万円の元ネタ自体はおそらくは前橋市の支援内容です。

前橋市 ウクライナから避難の人に政府支給含め月15万円支給へ
市内に避難してきた人に生活費を独自に補填し、政府からの支給分と合わせて毎月15万円を受け取れるようにする方針を決めました。
期間は、自立するまでの間、最大で1年間で、家族などで避難してきた場合は、2人目以降の人にも補填する方向で調整しています。

という様に前橋市は独自支援によって政府からの支給分に乗せて月15万円を支給するというものです。なお前橋市のHPを読むと月15万円は単身世帯のみであり、世帯員数によって支給額を調整するとあり月60万円は前橋市においてもあり得ません。ちなみに財源は税金ではなく募金。

スマホをもらえる

 これの元ネタはソフトバンクによる支援でしょう。

ソフトバンク、日本到着のウクライナ避難民にスマホ無償提供
ソフトバンクは5日、政府専用機で日本に到着したウクライナの避難民20人への支援として、希望者に対してスマートフォンを無償で貸し出したと発表した。ソフトバンクが政府に協力を申し出たもので、避難民は音声通話やデータ通信を無制限で利用できる。

政府としての支援ではなく企業が政府を通しての支援であり、通常考えるならこの支援は企業負担と考えられます。千葉市が1世帯に1台スマホを無償貸与するという報道もあり、自治体によってはそういった施策をしている事がありますが、企業にしても自治体にしても無償「貸与」とあるように字義通りの貸与であるならばいつかは返すものであり「もらう」というのはデマであると言えます。

家賃無料

 これも企業や自治体による支援内容が元ネタと思われます。まずは静岡市の支援。

静岡市、避難民3人受け入れ 市営住宅へ入居調整 ウクライナ侵攻
静岡市は8日、ロシアの侵攻を受けるウクライナから避難した同国籍の未成年3人を市内で受け入れることが決まり、市営住宅への入居の調整を進めていると発表した。住宅の敷金と家賃を最長で1年間無償とする。

また企業支援では上述のNHK記事に以下の記述も。

ウクライナ避難民 相談や支援は?住宅やことば 自治体など支援まとめ
避難してきた人のなかには、日本での受け入れ先が決まっていない人もいて、住まいについての支援が必要となります。受け入れに向けては、自治体だけでなく民間企業の間でも支援の動きが広がっています。
このうち、賃貸住宅などを手がける不動産会社の「APAMANグループ」は、避難してきた人たちに全国でワンルームや3LDKなどの賃貸住宅、およそ100部屋を用意して無償で貸し出しています。

静岡市にすると1年間無償、アパマンの無償支援は期間は書いてはいないですが生涯無償はあり得ませんので何らかの期限はあるでしょう。ただ、この件に関していえば全くのデマとまで言えません。

電動自電車でもなんでも無料プレゼント

 これは画像を根拠にして言っているのでしょう。この画像の出典はRKB毎日ニュースによる「弁当業者に就職したウクライナ人女性~その後の生活は 福岡」。

www.youtube.com

映像を見ればわかる様にこの電動自転車はウクライナ支援をする企業の社長のプレゼントです。確かにこれは「プレゼント」ですが、それを「なんでも無料プレゼント」とするのはこの社長の好意を馬鹿にしているとしか言えませんし非常に質の悪い紹介の仕方としか言えません。

そのほか

以下はちょっと雑ですが、簡単に紹介。


・パスポート不要で入国
 → 本当

・新築マンションに審査なしで入居
 → 不明。住居支援はあるが、マンションに審査なしというの特に見当たらない

・生活必需品は最新型
 → 読売新聞『「無印良品」、ウクライナ避難民に就労機会・生活必需品提供へ』などの様に必需品の支援自体は存在
   日本財団のウクライナ難民支援による生活環境整備費なども存在

・移動費全額支給
 → 出入国管理庁の支援に「支援先への移動手段の提供」とあるが「全額」という表記はない
   他を探してもそのような「全額」支援はなさそう

・選考試験なしで就職
 → ではなぜ「就労支援」があるのか
   選考試験なしの企業があってもおかしくはないが、それは企業によると考えられる


 事程左様に大抵の表現には誇張があります。一部には出典不明と思われる情報もありますが、正直デマの部類に入るものもあります。月60万円とかはあり得ませんし、電動自転車などは個人の好意のプレゼントにもかかわらずこの紹介では悪意を持った切り取り方と言われてもしたかたないでしょう。
 最後に出入国管理庁のウクライナ支援情報について貼っておきます。大まかに見る場合には「日本に在留しているウクライナのみなさんへ」ですが、しかし探し方が悪いのか1日2,400円などの情報は出入国管理庁HPに見当たらない……。なので支援の大枠について書かれた「・ウクライナ避難民に対する支援内容について」を貼っておきます。



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右派系ブログ「政治知新」のツイッターアカウントの影響力(RT数)が安倍首相辞任後に不自然に落ちている

 というツイートがあったのですが、試しに少し調べてみたら目に見えてその影響力が落ちていたのでちょっと記事化しておきます。なお、「ツイートすれば5000RT、1万いいねが当たり前だったネトウヨ系政治アカウントだった」と書いておりますがこれは事実誤認で、政治知新アカウントによるツイートで5000以上RTされたツイートはアカウント創設期から2020/4/27現在で14個程度なります。

政治知新とは

 政治知新とは親自民、反サヨクのネット右派系ブログとなりますが、ただの個人によるブログではなく過去にはtogetterで「【2019/4/12】吉良よし子さんのデマ流した「政治知新」は菅義偉の推薦受けた議員の兄弟の仕業」や、リテラとなりますが「野党議員をデマ攻撃するサイト「政治知新」に菅官房長官に近い自民党県議の弟が関与、安倍首相「桜を見る会」にも招待」で明かされている様に自民党神奈川県議の兄弟がサイトに関わっているとされています。また以下の様に分析ツール「whotwi」でここ最近の政治知新アカウントのツイッターへの投稿日時傾向を見る限りは「業務」でやっている可能性が高いことは確か。ブログが「仕事」の一つなのでしょう。

 そしてこの政治知新のツイッターアカウントは2017年の9月末から活動を開始しており、当初はそこまでのRT数を稼ぐアカウントではありませんでした。例えば開設から1年以上経過した2018年12月31まででRT数が100以上超えたツイートは以下の様に2つしか存在せず、一つは石破茂関連というもの。


*1

ただそもそもこの時期で「現存」してるツイート数は少なく例えば2019年12月31日までのツイートを見てみると4月12日のツイートの次が6月21日、その次が11月1日など、この時期はかなりツイートの間隔が開いています。これは消したのか、それとも前述の吉良よし子氏へのデマが2019年の3月という事からほとぼりが冷めるのを待ったのかまではわかりませんが、【4/29追記】インターネットアーカイブを見る限り7月や9月の投降が確認でき、現在空白の期間も投稿はしています。またサイトの方にも記事はありますがその時期の記事も削除しています。これがどの様な理由によって為されているのかはよく分かりません。【追記終わり】それはともかくとして例外はあるものの2019年末までのツイートによる露出や影響力は現在確認できる限りでは相対的に少なめと言えます。これが一気に増えたのが2020年以降。

安倍首相辞任後にツイートのRT数が極端に減っている

 さてここからが本題です。まず政治知新アカウントによる1000以上のRTがされたツイートは確認する限り以下の様にな傾向が見えていきます。


*2

そして安倍晋三が首相を退任した時期は2020年9月16日。数で言えばRT数1000越えは442個あり、退任前は358個、退任後は84個です。この時期を境にきれいにRT数が落ちているわけではなくRT数が激減したの11月からとなりますが、それでも顕著にRT数が落ちたのは安倍首相辞任後と言える時期ではあるでしょう。またこのグラフだけだとツイート数が著しく落ちている可能性はありますが、whotwiによるツイート数を見る限りは多少の減少や特定月に極端な減少は見られるものの、とはいえRT数が減るほどの減少には見受けられません。

では全く拡散されなくなったかと言えばそうというわけでもなく、例えば2022年3月にRT数が100を超えたものは現時点で21個あり*3、最大のRT数は707*4。ただしここからもわかる様に以前のような多くのツイートが4桁を超える影響力を持つアカウントではもはやなくなっています。それが「何故」起こったかは分かりませんが、記事傾向としては親自民ではあるもののネット右派系に見られる反岸田傾向はみられないのでその部分からの支持が少なくなった可能性はなくはないです。例えば更新頻度の低いyoutubeの方を見ると岸田政権アシストの姿勢は見えます。

ただ、やはりここまで顕著にRT数が減るという事はRTを「買っていた or 仕事で拡散していた」可能性が一番高いでしょう。dappiのツイートは諸々な事情があって2021年10月頭を境に途絶えたものの、こちらは現在も活動中。ただ似たような時期にRT数の目に見えての低下などを考えるとここら辺の時期に自民党のネット戦略が変化したのかもしれませんね。

*1:参考リンク:[(https://twitter.com/search?q=from%3Aseijichishin%E3%80%80until%3A2018-12-31%20min_retweets%3A100&src=typed_query&f=live]

*2:該当アカウントを「min_retweets:500」の条件で検索し、その中から1000を超えるRTのツイートを計上。なお「min_retweets:500」にしている理由はこの値を1000にすると1000以上でも検索ヒットしないツイートも多数あるため。参照リンクhttps://twitter.com/search?q=from%3Aseijichishin%20min_retweets%3A500&src=typed_query&f=live

*3:参照リンク。https://twitter.com/search?q=from%3Aseijichishin%20since%3A2022-03-01%20until%3A2022-03-31%E3%80%80min_retweets%3A30&src=typed_query&f=live

*4:参考リンクhttps://twitter.com/seijichishin/status/1500631156144115714

千羽鶴廃棄画像の出所についてのメモ


https://twitter.com/magic_mackee/status/1515101654332239874

 という画像があって、この方はその後に「ちなみにこれはウクライナじゃなくて広島とかの写真だと思う。」とか言ってて、それは合っているのですがこの写真以外にも千羽鶴の話題がある度に貼られている画像の出所があまりにも曖昧で、過去にはデマに利用されてもいるのでメモとして記事化しておきます。

■1枚目

場所:広島(千羽鶴は沖縄)
出典:千羽鶴未来プロジェクト
2012.11.30 沖縄の千羽鶴が広島に到着しました。

■2枚目

場所:広島
出典:千羽鶴未来プロジェクト
2014.6.13 2012年8月から始まった、千羽鶴ファクトリー構想では、6月3回目の配布で約10屯の千羽鶴を解体。

■3枚目

場所:広島
出典:産経ニュース
2011.7.12 折り鶴「再生利用を」…原爆の子の像モデルの兄が提案 広島」

この三枚目は3.11時の地震の時のものと紹介されている事もあるが、2011年の広島の写真。

■4枚目

出典不明。しかし場所と状況の類似性から3枚目の産経ニュースと同じ場所と推測でき、広島と考えられる。上記の類似記事の時に使用された写真の一枚の可能性が高い。

流布している画像は災害に関係ない

 主に出回っているのが上記の4枚と考えますが、沖縄と広島の折り鶴は年ごとに行われる文化事業/習慣の様になっている地域での写真のものであり、いずれも災害時の支援物資としての千羽鶴としては関係ありません。また1枚目と2枚目は千羽鶴の再生事業の紹介の写真、3枚目と4枚目はこの再生事業が始まる前の写真であり、「処分に困っている」というには時代的には古く、「処分される」というには再生紙として再利用される為に単純に「捨てられる」という様な理解は過ちとなります。被災地に送る/送らないの賛否はともかくとして、これらの写真をもってして被災地は困っているとするのは単純に過ちです。

以下は広島の処分費用や折り鶴再生について参考になりそうなリンク。

折り鶴の再生・循環プロジェクト
ONGAESHI プロジェクト
日誠産業 折り鶴リサイクル活動
折り鶴焼却に年間1億円というよく出どころの分からない数字に踊らされる人々を見た



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アメリカで図書館から「お姫様の出る絵本が撤去」されてるという話はデマとしか判断できない

  https://twitter.com/obenkyounuma/status/1515883463676555264

 アメリカでは「図書館からお姫様が出てくる絵本を撤去」が事実ならば結構なニュースバリューがあると言えますが、まずこの話を日本語圏で初めてツイートしたのは上記ツイートのぬまきち氏となります。

分かりやすくするためにRT数が5より下のツイートは除外した形で検索しましたが、4月18日の彼のツイート以前には類似の話題が過去はともかく現時点では存在しない事が分かります。なお念のため書いておきますがRT数条件をなくした場合もこのツイート以前にこの話題は存在しません。この時点で相当に怪しい情報ではあるのですが、では実際にアメリカにおける図書館の規制情報を探ってみたところ図書館に置く書籍に関する規制運動というのは確かに存在します。しかしそれは「お姫様の出る絵本」ではなく主には「LGBTQ」関連や人種などの本が主流です

アメリカにおける図書館からの書籍の排除運動

 まずそもそも今現在のアメリカでこの図書館における特定ジャンルの禁書運動ともいえる動きはかなりホットな話題です。例えばNYタイムズBook Ban Efforts Spread Across the U.S.」やワシントンポストの「Censorship battles’ new frontier: Your public library」などは2022年に書かれた記事です。NYタイムズでは手法も書かれており、団体が論争の的になっている本をフェイスブックに投稿し、それをグーグルドキュメントなどで目にした親が学校に問い合わせて撤去へ、というものです。また直接的な図書館への規制話をすればオクラホマ州についての記事で「Oklahoma bill gives parents the right to have a book removed from a school library」というものがあり、議員が「公立学校の図書館に対し、性的な性質を持つ不愉快な内容を含む本や、性的嗜好、性的・性自認を扱った本を撤去するよう、親に強制する権利を与えたいと考えている。(自動翻訳)」、これに30日以内に従わない場合、司書は解雇され2年間公立学校で働けないという法案との説明がなされています。その他にも「Schools nationwide are quietly removing books from their libraries」、「Conservatives now have control of public libraries in Llano, Texas, and it's the mess you'd expect」などなど参考になりそうな「図書館と禁書的な本の撤去」話は溢れています。これらの話は日本の現状を考えれば2、3歩先を進んでいると考えられるアメリカの現状ですが、だがしかしこれらの記事において「お姫様の絵本」は一言一句話題になっていません。基本的にこれらの運動は保守派の動きであり、それらの主要ターゲットはLGBTQ、人種関連であり、反面「お姫様の絵本」は彼らの撤去対象になっている模様はありません。そもそも「お姫様の絵本」はジェンダーロールを考えての批判でしょうから、そう考えるとリベラル派からの批判は考えられますが、それについての記述も記事には見当たりません。

Top 10 Most Challenged Books Lists

 大まかなジャンルではなく、実際にブックチャレンジ(学校や図書館から資料を撤去するよう文書で要求すること)にさらされている本に関しては知的自由オフィス(OIF)が毎年Top10リストを発表しています。

まず表紙?を見れば一目瞭然ですがお姫様本は存在しません。そしてそれぞれの本にその理由が書かれていますが、大半はLGBTQ、性的描写が主なものとなっています。1位の本のタイトルが『Gender Queer』であったりと「何が」標的になっているかは明白と言えます。ただこれは最近の話なので例えば10年前ではどうだったのかとなりもしますが、このページは2001年からのTop10を参照可能であり、2012年のTop10での理由を見ると露骨な性描写や同性愛表現などという表記がなされており、「お姫様」絵本的な価値観へのチャレンジはやはりない。
 なお脇道ですがちゃんと数の推移はとってはいないものの、リストからはLGBTQ関連に関するチャレンジは近年増えている様に感じられます。これは社会的な認知工場や出版物の増加とそこからの反動が伺えます。続いて脇道その2ですが、ハリーポッターが魔法や魔術に言及してるからチャレンジ対象になっていたりします。どうやら魔法関連も撤去対象になる価値観がある模様。
 閑話休題。このチャレンジそのものは報告されていない案件もあるでしょうが、ただ少なくともぬまきち氏の言っている様な状況は現実には存在していないと考えられます。
 またこのリスト以外にエヴァンストン図書館が子ども用の本で禁止扱いされた本を紹介しているページがあります。このHPにおいても「お姫様」本が存在しません。あえて言うならば「Prince & knight(王子と騎士)」がありますが、タイトルからわかるように「お姫様」本が理由ではありません。またこのページにはないですが「My Princess Boy」という本も禁止対象になっていますが、この本もそのタイトルが示すようにその非難の理由はお姫様本に付随するであろうジェンダーロールではありません。
 さて、以上の話を受けてぬまきち氏がした以下のツイートを読むと違和感しかありません。


https://twitter.com/obenkyounuma/status/1515970221395259394


https://twitter.com/obenkyounuma/status/1515971930049822722


https://twitter.com/obenkyounuma/status/1516138155350528001

実際にアメリカの動きを見ていけば少なくとも今の主流はLGBTQ関連の書籍撤去の動きが活発であり、「LGBTは無罪」という言葉は出ないはずです。またよしんばそれが「双方」の一方だという事でその一方が無罪という理解は出来はしますが、ただどう見ても現状は「一方」の動きしかありません。あとディズニーは時代によってプリンセスの描き方を変えている事からも違和感しかない。
 では、ぬまきち氏はこの情報をいつ、どこから得たのか。

どうやら根拠はCBLDFの公演らしい

 実はソースを知りたかったのでぬまきち氏に聞いてみたのです。そしたら。


https://twitter.com/obenkyounuma/status/1517101343495794689

ソースを訪ねたら「ご自分でお調べ下さい」は悲しさしかなかったのですが……、とはいえぬまきち氏の情報の出所はCBLDFの来日講演であることが分かりました。なので自分で調べます。まずCBLDFですが、これはコミック弁護基金というアメリカのNPOです。そして当時の代表者であるチャールズ・ブラウンスタインの来日講演が確認できるのは3つです。


1)2012年5月18日
  公開シンポジウム「日本と諸外国における創作表現の規制の現状と課題」
2)2013年8月11日
  日本では何ができるのか――北米でのコミック表現規制とCBLDFの取組
3)2017年10月29日
  米国コミック弁護基金ブラウンスタイン事務局長講演会


 では、はたしてどの公演なのかを見ていきます。

1)2012年5月18日
 このシンポジウムについてはスピーチの詳細が分かりません。ただtogetterに「【表現規制】公開シンポジウム 「日本と諸外国における創作表現の規制の現状と課題」実況まとめ」が存在しており、当時の実況に抜けはあるとはいえ、お姫様本の下りはありません。また当時のぬまきち氏のツイートを読む限りはこのシンポジウムに参加している様には見受けられないことからこのシンポジウムではないでしょう。

2)2013年8月11日
 これも当時のまとめがあり、そしてこのまとめにはぬまきち氏が存在します。ということはこの講演の場にいたという可能性がありますが、ただし当時のツイートを見ると会場にはいなかったことが分かります。またこの講演でのスピーチはCBLDFのHPで全文確認可能ですが、例えば"princess"で検索してもヒットは0件ですし、全文を見てもそういった類の話はしていません。故に2013年ではないことは確実です。

3)2017年10月29日

https://twitter.com/obenkyounuma/status/924603837771538432

 この講演が当たりです。そしてこの講演は弁護士ドットコムの「米図書館で「ソードアート・オンライン」が禁書に…「表現の自由」を守るNPOが懸念」そのスピーチの要旨訳文が公開されています。そしてなんと規制(検閲)話もある。つまりはとうとうソースを見つけたわけです。以下、該当箇所を引用します。

●学校と図書館がマンガ検閲の最前線に
現在も、検閲との戦いは続いているという。
「今、検閲の最前線は学校と図書館にあります。この一年、図書館で最も検閲対象として多かったのがマンガです。例えば、権威ある賞を受賞した作家が思春期向けに創作した作品で、作中で裸体や性描写は皆無にも関わらず、性について触れられているということで、アクセスを制限されました。他にも、中学の演劇部が舞台の物語で、登場人物の一人がゲイであるという理由で、検閲しろという意見がありました。しかし、何よりも『マンガだから置かれるべきではない』という声が強かったのです。これはとんでもないロジックだとして、打ち破ってきました」
日本でも子どもたちに人気の「ドラゴンボール」や「デスノート」、「ソードアート・オンライン」も学校図書館では、問題作扱いだと説明する。

一見して分かるように「お姫様の出る絵本が撤去」なんて話は一切出ていません。なお付け加えて言えばCBLDFがHPで公開されている英文においてもそんな話は存在しない。あえて言うならば英文だと、アクセス制限された本が『This One Summer』と『Drama』だということが分かります。これは日本ではわからないから作品説明のみで作品名は伏せたと考えられますが、どちらとも「お姫様」本とは言えません。また2017年の公演という事から2016年のアメリカでブックチャレンジされた本Top10を見ると次の様なもの。

見ればわかる様に「お姫様本」は存在しません。当時のぬまきち氏もつぶやいてないし、お姫様本撤去の内容が真ならば弁護士ドットコムに載るはずであるし、他のアカウントによるツイートがあっても不思議ではない。通訳をしたダニエル兼光氏がその場で言った可能性は一応はなくはないですが、しかしこの情報の初出が2022年のぬまきち氏という事を考えるならば、つまりはこの情報はデマとしか判断しようがありません。CBLDFのページで"princess"で検索してニュース記事を見てもそんな話ないし*1
 そしてですね。

これ以降、返事がないんで「そういうこと」なのかなと。自力で調べた結果、デマとしか判断できないので本当にそんなことを言っていたのならソースがほしいなあ。


4/23追記

 ぬまきち氏から返事をいただきました。


https://twitter.com/obenkyounuma/status/1517441423011762176

記事中でも紹介した『Prince & knight』の"Prince"を”Princess”と誤読していたとのことです。ここから言えることもなくはないですが、ひとまずは該当ツイートは削除されましたし、ここまでにしておきます。誤解って怖いですね。

更に追記
 コメントでなぜぬまきち氏が今回のツイートに至ったのかを検証されている方がいます。過去に『Prince & knight』のことをツイートしており、そこに講演、バルセロナでの話が合わさった結果のツイートということで本人の説明と符合する部分もあり説得力があります。私もその流れでおそらくあってるのではないかなと思います。



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*1:あえて言うなら「眠れる森の美女」に対してロンドンの女性が眠っている女性にキスをしてもよいと示唆しているという理由でカリキュラムから削除してほしいという記事は存在する。しかしロンドンの話であり、記事も批判的論調は少なく内容を変えることや教育の手段を考える記事にもなっており、「検閲」の話とは言えない。「British Mom Objects to Non-Consensual Kiss in Sleeping Beauty

ニュートン誌で「神武天皇と今上天皇は全く同じY染色体である」ことなんて立証されてないよ


https://twitter.com/Furuya_keiji/status/1500394514196103168

 神武天皇の実在性とか、その後に続く欠史八代、さらに言えばその後の記紀神話の中で天皇とされた人物、生み出された人物みたいな話になると泥沼なんで触れませんが、とりあえずは下記の部分についてだけでも。

神武天皇今上天皇は全く同じY染色体であることが、「ニュートン誌」染色体科学の点でも立証されている。近代の男女同権という価値観とは次元が異なる。

そんなわけない、の一言で済むんですが一応はこの手の言説であっても無から生まれてくることは中々ないのでこの話を見ていきます。たとえば類似のY染色体と雑誌ニュートンの組み合わせでは下記の様なツイートがあります。


https://twitter.com/takeuchikumiffy/status/1406217698514653188

これは男系社会だからこそ男系が維持されていただけであって、Y染色体云々は結果論にしか過ぎないとしか思えないのですが、それはともかくとしてここでは「別冊 ニュートン」という話が出ています。この「別冊ニュートン」とは2006年12月に刊行された『別冊ニュートン 性を決めるXとY 性染色体と「男と女のサイエンス』 であり竹内久美子が示しているのはp.56-57の以下の様なページです。

当然ながら神武天皇とはなんら関係ないページではあります。あえて言うならば男系の家系が続けばY染色体は変わらないといえる事が記述されており、そういう意味ではこの論調そのものは今の天皇家の男系堅持層の一部に存在する神武天皇Y染色体説と相性の良い記述ではあります。なお別冊ではなくニュートンの2006年2月号での類似の特集があり、こちらについての内容は「オレ的なアレ」というHPの「科学雑誌で皇位継承の話?」において紹介されています。また2006年5月に蔵琢也による『天皇の遺伝子 男にしか伝わらない神武天皇Y染色体』が刊行されている事から、このあたりの時期から神武天皇Y染色体話が書籍になるほど出回っている事が理解できます。
 さて、これだけだと類似ツイートである竹内久美子の一件があるだけで古屋圭司神武天皇ニュートン誌ツイートとの関連性はちょっと薄そうです。竹内久美子のツイートが一件だけなら、ですが……。


※いずれも画像部分は割愛。いずれも数百RT

以上の様に2021年5月末から7月頭までに合計4件の天皇(皇統)とニュートンを関連づけるツイートをしています。おそらく古屋はこれらのツイートや神武天皇Y染色体云々の諸情報に触れることで脳内伝言ゲームと化学反応で今回の様な「ニュートン誌でも立証」という意味不明なデマツイートをしたと考えられます。要は、

神武天皇は実在した」
    +
天皇は神武から今上まで万世一系
    +
「男系で繋いでいけばそのY染色体が遺伝(ニュートン誌)」
    ||
神武天皇今上天皇は全く同じY染色体であることが、「ニュートン誌」染色体科学の点でも立証」

という理路かなと。ちなみに天皇(皇統)の遺伝子とニュートン誌を関連付けるツイートは今回の件以外では竹内以外見当たりません。当然っちゃ当然ですが。
 虚構存在のY染色体金科玉条にするのは大変あほらしくはありますね。



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いうほど若者は低身長化してない


https://twitter.com/wildriverpeace/status/1494130907984568322

「若者の給料」と同様に、30年間伸びていない「若者男子の低身長」問題

 さて、この著者に関する記事は以前「10代の身長が低下しているという話について」というものを書き、今回の件についても大方問題点は変わりません。まず、若者の身長がすこし低くなっているというのは本当ですが、この著者の記事は正直データの出典元やグラフの仕様の仕方が駄目なんで今回も一応書いておきます。

低身長化はしてるけどデータが恣意的

 令和2年度学校保健統計調査から男子学生の平均身長を見てみると以下の様になります。

このグラフを見ればわかる様に17歳男の身長は昭和60年度あたり、つまりは35年以上前くらいから170cm近辺で落ち着いています。当然ながら平均身長が青天井に伸び続けるということはなく日本人の栄養状態が十分になっていれば身長はこのあたりで落ち着くという事でしょう。そして17歳男性の平均身長が一番高かった時期は170.9㎝であり、そして令和2年度の平均身長は170.7㎝。たしかに低くはなっていますが、これをもってして

日本人男性の平均身長は、明治時代から100年間で約15cmも伸びた。しかし、その身長の伸びが近年止まってしまったどころか、逆に若干低身長化の傾向にあるという事実をご存じだろうか?

というように「低身長化の傾向」と言えるかと言えば甚だ微妙なところ。そしてその後に以下の様な事を記述しています。特にここが問題。

2019年時点において、20歳以上の男性の平均身長は、167.7cmにすぎない。平均が170cmにも達していないのが事実である(2019年厚労省国民健康・栄養調査」より。2020年はコロナ禍のため調査自体不実施)。
「20歳以上の平均にしたら、中年や高齢者も含むのだから、それは低くなって当然でしょ。若い人だけに限定したらもっと高いでしょ」と思われるかもしれない。しかし、同調査によれば、20歳男性の平均も170.2cm、21歳の平均にいたっては168.7cmしかないのである。

令和元年国民健康・栄養調査報告の「第 2 部 身体状況調査の結果」がデータの出典ですが、そこには以下の様なデータが記述されています。

    人数 身長平均値
17歳 14 171.5
18歳 19 171.1
19歳 16 170.4
20歳 12 170.2
21歳 11 168.7
22歳 26 172.3
23歳 16 171.6
24歳 12 172.7
25歳  5 171.3

以上を見ればわかる様に20歳男性の平均170.2㎝とは12人という人数の平均であり、21歳男性の平均は11人の平均です。流石にこれでは平均値を求める為のサンプル数が少ないと思わざるを得ない。よしんばこの数値を採用するならば17歳、18歳の171㎝台も採用しなければならず、だのにそれを無視しているのははっきりいってこの著者がデータを自身の言説の為に恣意的に利用しているとしか思えません。このデータを使用する際にこの人数の値を無視するのは不可能に近く、それを無視した論を書くのは著者はおかしい。
 その他にも、

18-19歳の男子の身長は、40代の中年おじさんよりも低くなっているのである。

とありますが、ただ学校保健統計調査では40~49歳が学生であったであろうころの17歳身長は今の17歳身長とさして変わりません。それを考えるとこれもサンプル数からの平均問題、18、19歳からも少なからず身長が伸びる場合も考えられますので、正直鵜呑みにするには微妙。
 事程左様に若者の低身長化そのものは「嘘」の類ではなくほんの少しミリ単位で下がっていることは事実です。ただしそのために使用するデータ、そしてそれを用いたグラフの作成と記事への使用に問題があると言わざるを得ない。結論や扇情的な記事にするためにデータを使っているとしか思えず、何はなくともこの著者は信用が置けない。

※もっと詳細に見ようと思えば、学生の身長推移で低身長層、高身長層の推移とかを見ていくと面白いかもしれませんが、そこまでコストをかけたくはないのでこの記事では扱いません。



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【デマ】アジア諸国の首脳が太平洋戦争における日本の功績を認めているといういくつかの「名言」は存在しない - スカルノ編

 名言?調査スカルノ編です。ネットで流布している発言には細かなところが違う亜種がいくつか存在するので下記に引用する発言は該当ツイートの画像の文言とは異なります。そこだけは悪しからず。

ネルー編

出典はどこか

インドネシア独立戦争では、3000名の日本兵インドネシア独立の為に戦ってくれました。インドネシアの独立で通じ合った日本の犠牲的精神を今の日本の若い人達は、ほとんど知りません。残念でたまりません。私達の独立の為に戦ってくれた日本兵の事をきちんと日本で語り継いでほしいと思います。そして、インドネシアへ来られたら、ジャカルタの英雄墓地に眠る日本兵奥城にお参りして下さい。その墓標には、みなイスラムの名前と日本人の名前が彫られています。

 まず「スカルノ」のこの発言もネルー発言と同じく書籍では見当たらない胡乱な発言です。勿論、それは私の見た書籍の範囲となりますが、少なくともこの発言が主に出回っているのは第二次世界大戦有識者の名言集やインドネシアと日本の関係について書かれた個人ブログなどが主です。ではこの発言がいつ頃出始めたのかというと2010年のブログ「本当の日本の歴史」による2010/12/12「インドネシア解放の為に戦った「日本軍神」」(現在削除済み。インターネットアーカイブより)で該当発言が書き込まれていることが分かります。ただしこの記事が初出というわけではなく2chの「★☆★世界史板雑談スレ★☆★」の2010/11/21の書き込みで同ブログの「インドネシア人からの日本への感謝の言葉」という記事?のコピペが貼られているために、現在遡れるこの発言の出どころは2010年11月ごろとなります。なお該当記事はインターネットアーカイブからも見る事ができないためにどの様な記事であったかは不明ですが、ただ少なくとも12月の記事を見る限りは出典が書いてある系統の記事ではないことが伺えます。またスカルノのこの発言は2011年ごろに複数のブログで書き込みが見られ*1、2010年下半期から2011年上半期ごろに流布したものであることが類推は可能です。

発言の元ネタ

 さて、この発言ですが元ネタが存在します。でもそれはスカルノの発言ではありません。まずネットにおけるこの元ネタ発言の初出は「クンユアム第二次大戦戦争博物館」です。このHPは元日泰平和財団理事長のタイ人チューチャイ・チョムタワット氏とそのHP管理人武田浩一によるHPであり、2004年ごろには開設していたHPです。その中に「歴史の一頁」があり、そこにはプラモード氏の発言をはじめとした各国の所謂名言集的な項目があります*2。そこに件の発言ありますが、その発言主はイドリスノ・マジットというイスラム教団特派記者であり、スカルノではありません。そしてそこに記述されている出典とは「インドネシア福祉友の会 NO.183 月報 1997年7月号 ―福祉友の会・200号「月報」抜粋集―より」です。ちなみにインターネットアーカイブで遡る限りは少なくとも2008年10月ごろにこの記事が引用されており、この発言がスカルノの発言になって流布されたのは最低でも2008年の10月以降であることがわかります。
 この「福祉友の会」という団体は戦争後にインドネシアに駐留し、敗戦後も独立戦争を戦った残留日本兵やその子孫らで組織された団体であり、元々はその団体による月報が元ネタです。その経緯からアジア解放史観との距離感が近い団体であり、月報抜粋集をみるとそれが色濃く出ています。そして件の発言の原資料は以下の様なものです。

日本はアジア解放の戦いを語り継ぐべきだ
 インドネシア独立戦争では、約3,000名の日本兵インドネシアのために戦ってくれました。その日本兵たちはインドネシアの基本をなすイスラム文化と宗教を大切にしてくれました。日本とインドネシアの間では、スカルノ前大統領の言葉のように、「ダリハティカハティ」です。「ハートツウハート」です。「心から心」です。インドネシアの独立を挟んで「心」が通ったのです。私たちはその「心」を大切にし、同じアジアの民族として伝えなければなりません。その「心」は日本とアジアばかりではなく、世界の平和にもつながるのです。
 ところが、インドネシアの独立で通じ合った日本の犠牲的精神を、今の日本の若い人たちはほとんど知りません。残念でたまりません。
 私たちの独立のために戦ってくれた日本兵のことを、きちんと日本で語り継いでほしいと思います。そしてインドネシアに来られたら、ジャカルタの英雄墓地に眠る日本兵奥城(オッキ)にお詣りして下さい。その墓標には、みなイスラ ムの名前と日本人の名前が彫られています。

「独立は一民族のものならず、全人類のものなり」(1958年2月15日、東京にてスカルノ大統領、東京都港区青松寺境内の碑)
 私たちも日本訪問のときは、九段の靖国神社にお詣りいたします。
 日本の天皇陛下は世界平和と民族のため、日々お祈りを捧げていると漏れ聞いております。そのことは、本当に素晴らしいことです。私たちイスラム教徒も日々、神に世界の平和を祈っております。その祈りの心は共通しています。
 私の個人的な歴史観ですが、近代史においては、1776年(7月4日独立記念日)イギリスの植民地からのアメリカ独立戦争、1789-99年(7月14日パリ祭)のフランスで起こったブルジョア革命と共に、欧米人によるアジア・アフリカの植民 地解放を目指した今世紀の大東亜戦争が、世界史における三大戦争であることを明記すべきであると思っています。
インドネシア独立戦争に参加した「帰らなかった日本兵」、一千名の声 -福祉友の会・200号「月報」抜粋集- p.318より

太字で強調した部分がスカルノの発言だとして流用されている事が分かります。なぜこの発言を選び、それをスカルノの発言と捏造したのかまでは不明ですが、少なくとも誰だかわからない記者よりもスカルノというネームバリューで箔をつけたという所でしょう。なおスカルノの発言として扱われる際に「心」のくだりも入っている場合もあり、この様な複数バージョンの存在からもしかしたら元ネタからの改ざんは何回かされている可能性もあります。それとイドリスノ氏は3000名の日本兵インドネシアの為に戦ったと記述していますが、この著作が「一千名の声」と示す様に福祉友の会の抜粋集ではその冒頭に”軍属・民間人を含む「帰らなかった日本兵」一千名が、その独立戦争を共に戦ったのです。(抜粋集 p.vii)”とあるように3000名というのは誤っています。なお、何故かこの3000名は冒頭の画像にある様に2000名になる時もあり、よく数字がぶれる箇所です。

映画『ムルデカ17805』

 以上みてきたようにこのスカルノ発言は捏造です。そして最後に少し脇道ですが調べててこのスカルノ発言と併せて「ムルデカ17805」という映画を紹介しているブログがいくつかありました*3。ムルデカ17805とは2001年公開の日本の戦争映画でインドネシア独立戦争に関わった日本兵を描いているものです。要はスカルノほかの「名言」ととても食い合わせの良い映画であることから併せて紹介されているのでしょうが*4、実はこの映画、駐日インドネシア大使らから以下の様な苦言を呈されています。

映画「ムルデカ」にクレーム
駐日インドネシア大使「歴史に反し、国民の威信落とす」
制作者、一部シーンをカット
(中略)
シャハリ・サキディン在日インドネシア大使館参事官の話
 制作会社に手紙を送り、インドネシア人の感情を傷つけると思われる部分の削除を要請した。インドネシア上映の予定もあるので、良好な日本とインドネシアの関係にヒビが入ることを避けるためだ。
 一番の問題の箇所は、島崎武夫中尉がジャワ島に上陸する時、ジャワ人の老女が中尉の足に口づけをするシーン。ジャワでは結婚式の時、新婦が新郎の足を洗う儀式はあるが、口づけなどしない。そんな習慣はない。夫婦だったら足に口づけしてもいいが、映画では侵略者の足にインドネシア人が口づけしている。そんな歴史はない。インドネシア人はこのシーンを見て怒りを感じるだろう。だからこのシーンの削除を要請した。
両国にある繊細な問題をセンセーショナルに描き出す必要はない。ムルデカは作り手の主観の入ったロマンスでありフィクションだから、映画全体については見た人が評価すればいい。
 しかし、この映画の試写を見たインドネシア人たちは「まるで日本がインドネシアの独立を勝ち取ったみたいに描かれている。行き過ぎだ」と言っていた。映画で描かれている日本人のヒロイズムはインドネシア人には理解が難しいものだろう
じゃかるた新聞 2001年3月16日

スカルノ発言は捏造なのでそもそも論外ですが、それを置いといたとしてもアジア解放史観を対外的、そして当事者に発信することは危険であることが分かります。日本のネット上ではしゃぐ程度であっても認識をそちらに寄せると痛い目を見る可能性はありますし、気持ちよい文言ばっかり見てると歪むし、リスクですらある。



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*1:その1(2011/7/6)その2(2011/5/6)その3(2011/3/27)

*2:2018年ごろにできたであろう「歴史探訪」というHPを見るとネルーの発言をこの博物館を出典にして記述しています。しかしながら博物館HPにはネルーの発言はないために「歴史探訪」の誤り。出典HPにない発言を載せており悪質……。

*3:その1その2

*4:当然ながらこの映画にスカルノの名言は出てきません。