https://twitter.com/obenkyounuma/status/1515883463676555264
アメリカでは「図書館からお姫様が出てくる絵本を撤去」が事実ならば結構なニュースバリューがあると言えますが、まずこの話を日本語圏で初めてツイートしたのは上記ツイートのぬまきち氏となります。
分かりやすくするためにRT数が5より下のツイートは除外した形で検索しましたが、4月18日の彼のツイート以前には類似の話題が過去はともかく現時点では存在しない事が分かります。なお念のため書いておきますがRT数条件をなくした場合もこのツイート以前にこの話題は存在しません。この時点で相当に怪しい情報ではあるのですが、では実際にアメリカにおける図書館の規制情報を探ってみたところ図書館に置く書籍に関する規制運動というのは確かに存在します。しかしそれは「お姫様の出る絵本」ではなく主には「LGBTQ」関連や人種などの本が主流です。
アメリカにおける図書館からの書籍の排除運動
まずそもそも今現在のアメリカでこの図書館における特定ジャンルの禁書運動ともいえる動きはかなりホットな話題です。例えばNYタイムズ「Book Ban Efforts Spread Across the U.S.」やワシントンポストの「Censorship battles’ new frontier: Your public library」などは2022年に書かれた記事です。NYタイムズでは手法も書かれており、団体が論争の的になっている本をフェイスブックに投稿し、それをグーグルドキュメントなどで目にした親が学校に問い合わせて撤去へ、というものです。また直接的な図書館への規制話をすればオクラホマ州についての記事で「Oklahoma bill gives parents the right to have a book removed from a school library」というものがあり、議員が「公立学校の図書館に対し、性的な性質を持つ不愉快な内容を含む本や、性的嗜好、性的・性自認を扱った本を撤去するよう、親に強制する権利を与えたいと考えている。(自動翻訳)」、これに30日以内に従わない場合、司書は解雇され2年間公立学校で働けないという法案との説明がなされています。その他にも「Schools nationwide are quietly removing books from their libraries」、「Conservatives now have control of public libraries in Llano, Texas, and it's the mess you'd expect」などなど参考になりそうな「図書館と禁書的な本の撤去」話は溢れています。これらの話は日本の現状を考えれば2、3歩先を進んでいると考えられるアメリカの現状ですが、だがしかしこれらの記事において「お姫様の絵本」は一言一句話題になっていません。基本的にこれらの運動は保守派の動きであり、それらの主要ターゲットはLGBTQ、人種関連であり、反面「お姫様の絵本」は彼らの撤去対象になっている模様はありません。そもそも「お姫様の絵本」はジェンダーロールを考えての批判でしょうから、そう考えるとリベラル派からの批判は考えられますが、それについての記述も記事には見当たりません。
Top 10 Most Challenged Books Lists
大まかなジャンルではなく、実際にブックチャレンジ(学校や図書館から資料を撤去するよう文書で要求すること)にさらされている本に関しては知的自由オフィス(OIF)が毎年Top10リストを発表しています。
まず表紙?を見れば一目瞭然ですがお姫様本は存在しません。そしてそれぞれの本にその理由が書かれていますが、大半はLGBTQ、性的描写が主なものとなっています。1位の本のタイトルが『Gender Queer』であったりと「何が」標的になっているかは明白と言えます。ただこれは最近の話なので例えば10年前ではどうだったのかとなりもしますが、このページは2001年からのTop10を参照可能であり、2012年のTop10での理由を見ると露骨な性描写や同性愛表現などという表記がなされており、「お姫様」絵本的な価値観へのチャレンジはやはりない。
なお脇道ですがちゃんと数の推移はとってはいないものの、リストからはLGBTQ関連に関するチャレンジは近年増えている様に感じられます。これは社会的な認知工場や出版物の増加とそこからの反動が伺えます。続いて脇道その2ですが、ハリーポッターが魔法や魔術に言及してるからチャレンジ対象になっていたりします。どうやら魔法関連も撤去対象になる価値観がある模様。
閑話休題。このチャレンジそのものは報告されていない案件もあるでしょうが、ただ少なくともぬまきち氏の言っている様な状況は現実には存在していないと考えられます。
またこのリスト以外にエヴァンストン図書館が子ども用の本で禁止扱いされた本を紹介しているページがあります。このHPにおいても「お姫様」本が存在しません。あえて言うならば「Prince & knight(王子と騎士)」がありますが、タイトルからわかるように「お姫様」本が理由ではありません。またこのページにはないですが「My Princess Boy」という本も禁止対象になっていますが、この本もそのタイトルが示すようにその非難の理由はお姫様本に付随するであろうジェンダーロールではありません。
さて、以上の話を受けてぬまきち氏がした以下のツイートを読むと違和感しかありません。
https://twitter.com/obenkyounuma/status/1515970221395259394
https://twitter.com/obenkyounuma/status/1515971930049822722
https://twitter.com/obenkyounuma/status/1516138155350528001
実際にアメリカの動きを見ていけば少なくとも今の主流はLGBTQ関連の書籍撤去の動きが活発であり、「LGBTは無罪」という言葉は出ないはずです。またよしんばそれが「双方」の一方だという事でその一方が無罪という理解は出来はしますが、ただどう見ても現状は「一方」の動きしかありません。あとディズニーは時代によってプリンセスの描き方を変えている事からも違和感しかない。
では、ぬまきち氏はこの情報をいつ、どこから得たのか。
どうやら根拠はCBLDFの公演らしい
実はソースを知りたかったのでぬまきち氏に聞いてみたのです。そしたら。
https://twitter.com/obenkyounuma/status/1517101343495794689
ソースを訪ねたら「ご自分でお調べ下さい」は悲しさしかなかったのですが……、とはいえぬまきち氏の情報の出所はCBLDFの来日講演であることが分かりました。なので自分で調べます。まずCBLDFですが、これはコミック弁護基金というアメリカのNPOです。そして当時の代表者であるチャールズ・ブラウンスタインの来日講演が確認できるのは3つです。
1)2012年5月18日
公開シンポジウム「日本と諸外国における創作表現の規制の現状と課題」
2)2013年8月11日
日本では何ができるのか――北米でのコミック表現規制とCBLDFの取組
3)2017年10月29日
米国コミック弁護基金ブラウンスタイン事務局長講演会
では、はたしてどの公演なのかを見ていきます。
1)2012年5月18日
このシンポジウムについてはスピーチの詳細が分かりません。ただtogetterに「【表現規制】公開シンポジウム 「日本と諸外国における創作表現の規制の現状と課題」実況まとめ」が存在しており、当時の実況に抜けはあるとはいえ、お姫様本の下りはありません。また当時のぬまきち氏のツイートを読む限りはこのシンポジウムに参加している様には見受けられないことからこのシンポジウムではないでしょう。
2)2013年8月11日
これも当時のまとめがあり、そしてこのまとめにはぬまきち氏が存在します。ということはこの講演の場にいたという可能性がありますが、ただし当時のツイートを見ると会場にはいなかったことが分かります。またこの講演でのスピーチはCBLDFのHPで全文確認可能ですが、例えば"princess"で検索してもヒットは0件ですし、全文を見てもそういった類の話はしていません。故に2013年ではないことは確実です。
3)2017年10月29日
https://twitter.com/obenkyounuma/status/924603837771538432
この講演が当たりです。そしてこの講演は弁護士ドットコムの「米図書館で「ソードアート・オンライン」が禁書に…「表現の自由」を守るNPOが懸念」そのスピーチの要旨訳文が公開されています。そしてなんと規制(検閲)話もある。つまりはとうとうソースを見つけたわけです。以下、該当箇所を引用します。
●学校と図書館がマンガ検閲の最前線に
現在も、検閲との戦いは続いているという。
「今、検閲の最前線は学校と図書館にあります。この一年、図書館で最も検閲対象として多かったのがマンガです。例えば、権威ある賞を受賞した作家が思春期向けに創作した作品で、作中で裸体や性描写は皆無にも関わらず、性について触れられているということで、アクセスを制限されました。他にも、中学の演劇部が舞台の物語で、登場人物の一人がゲイであるという理由で、検閲しろという意見がありました。しかし、何よりも『マンガだから置かれるべきではない』という声が強かったのです。これはとんでもないロジックだとして、打ち破ってきました」
日本でも子どもたちに人気の「ドラゴンボール」や「デスノート」、「ソードアート・オンライン」も学校図書館では、問題作扱いだと説明する。
一見して分かるように「お姫様の出る絵本が撤去」なんて話は一切出ていません。なお付け加えて言えばCBLDFがHPで公開されている英文においてもそんな話は存在しない。あえて言うならば英文だと、アクセス制限された本が『This One Summer』と『Drama』だということが分かります。これは日本ではわからないから作品説明のみで作品名は伏せたと考えられますが、どちらとも「お姫様」本とは言えません。また2017年の公演という事から2016年のアメリカでブックチャレンジされた本Top10を見ると次の様なもの。
見ればわかる様に「お姫様本」は存在しません。当時のぬまきち氏もつぶやいてないし、お姫様本撤去の内容が真ならば弁護士ドットコムに載るはずであるし、他のアカウントによるツイートがあっても不思議ではない。通訳をしたダニエル兼光氏がその場で言った可能性は一応はなくはないですが、しかしこの情報の初出が2022年のぬまきち氏という事を考えるならば、つまりはこの情報はデマとしか判断しようがありません。CBLDFのページで"princess"で検索してニュース記事を見てもそんな話ないし*1。
そしてですね。
これ以降、返事がないんで「そういうこと」なのかなと。自力で調べた結果、デマとしか判断できないので本当にそんなことを言っていたのならソースがほしいなあ。
4/23追記
ぬまきち氏から返事をいただきました。
https://twitter.com/obenkyounuma/status/1517441423011762176
記事中でも紹介した『Prince & knight』の"Prince"を”Princess”と誤読していたとのことです。ここから言えることもなくはないですが、ひとまずは該当ツイートは削除されましたし、ここまでにしておきます。誤解って怖いですね。
更に追記
コメントでなぜぬまきち氏が今回のツイートに至ったのかを検証されている方がいます。過去に『Prince & knight』のことをツイートしており、そこに講演、バルセロナでの話が合わさった結果のツイートということで本人の説明と符合する部分もあり説得力があります。私もその流れでおそらくあってるのではないかなと思います。
■お布施用ページ
*1:あえて言うなら「眠れる森の美女」に対してロンドンの女性が眠っている女性にキスをしてもよいと示唆しているという理由でカリキュラムから削除してほしいという記事は存在する。しかしロンドンの話であり、記事も批判的論調は少なく内容を変えることや教育の手段を考える記事にもなっており、「検閲」の話とは言えない。「British Mom Objects to Non-Consensual Kiss in Sleeping Beauty」