電脳塵芥

四方山雑記

失敗した歴史修正主義の手法としての「大東亜戦争推進要綱」という捏造概念

 メモ的に。加藤清隆というネット保守系アカウントがいて、このアカウントは何故だか誤字が多くて話題になることが多いアカウントです。 1952年生まれでもう70歳を超えているので認知症的な患いなのか、単純に漢字の認識能力が低いのか、突っ込まれることによってアクセス数を稼ぎたいのか、いずれかは不明ですが。そんなアカウントが以下の様に投稿してほんの少しだけ話題になってました。


https://twitter.com/jda1BekUDve1ccx/status/1707727287205192022

まず、ここでいう「戦争前に閣議決定された大東亜戦争推進要綱」なんてのものは存在しません*1。そもそも「大東亜戦争」という名称が生まれたのは開戦後の1941年12月10日の大本営政府連絡会議における「今次戦争ノ呼称並ニ平戦時ノ分界時期ニ関スル件」での決定によるもので*2、戦争前に「大東亜戦争」という名称が出てくるのがおかしい。

参考文書:今次戦争ノ呼称並ニ平戦時ノ分界時期ニ関スル
一、今次ノ対米英戦争及今後情勢ノ推移ニ伴ヒ生起スルコトアルヘキ戦争ハ支那事変ヲモ含メ大東亜戦争ト呼称ス
二、給与、刑法ノ適用等ニ関スル平時、戦時ノ分界時期ハ昭和十六年十二月八日午前一時三十分トス
三、帝国領土(南洋群島委任統治区域ヲ除ク)ハ差当リ戦地ト指定スルコトナシ 但シ帝国領土ニ在リテハ第二号ニ関スル個々ノ問題ニ付其他ノ状態ヲ考慮シ戦地並ニ取扱フモノトス

また戦争前に戦争推進要綱的な文書とするならば1941年9月6日の「帝国国策遂行要領」がそれにあたるものと思われるが、そこにも当然ながら「大東亜」や「アジアの解放」という内容はない。

参考文書:帝国国策遂行要領
一、帝国ハ自存自衛ヲ全ウスル為対米、(英、蘭)戦争ヲ辞セサル決意ノ下ニ概ネ十月下旬ヲ目途トシ戦争準備ヲ完整ス
二、帝国ハ右ニ並行シテ米、英ニ対シ外交ノ手段ヲ尽シテ帝国ノ要求貫徹ニ努ム 対米(英)交渉ニ於テ帝国ノ達成スヘキ最少限度ノ要求事項並ニ之ニ関聯シ帝国ノ約諾シ得ル限度ハ別紙ノ如シ
三、前号外交交渉ニ依リ十月上旬頃ニ至ルモ尚我要求ヲ貫徹シ得ル目途ナキ場合ニ於テハ直チニ対米(英.蘭)開戦ヲ決意ス対南方以外ノ施策ハ既定国策ニ基キ之ヲ行ヒ特ニ米「ソ」ノ対日連合戦線ヲ結成セシメサルニ勉ム
 
別紙
第一 対米(英)交渉ニ於テ帝国ノ達成スベキ最小限度ノ要求事項
一、米英ハ帝国ノ支那事変処理ニ容喙シ又ハ之ヲ妨害セザルコト
(イ)帝国ノ日支基本条約及日満支三国共同宣言ニ準拠シ事変ヲ解決セントスル企図ヲ妨害セザルコト
(ロ)ビルマ公路ヲ閉鎖ソ且蒋政権ニ対シ軍事的並ニ経済的援助ヲナサザルコト
二、米英ハ極東ニ於テ帝国ノ国防ヲ脅威スルガ如キ行動ニ出デザルコト
(イ)泰、蘭印、支那及極東ソ領内ニ軍事的権益ヲ設定セザルコト
(ロ)極東ニ於ケル兵備ヲ現状以上ニ増強セザルコト
三、米英ハ帝国ノ所要物資獲得ニ協力スルコト
(イ)帝国トノ通商ヲ恢復シ且南西太平洋ニ於ケル両国領土ヨリ帝国ノ自存上緊要ナル物資ヲ帝国ニ供給スルコト
(ロ)帝国ト泰及蘭印トノ間ノ経済提携ニ付友好的ニ協力スルコト
 
第二 帝国ノ約諾シ得ル限度
第一ニ示ス帝国ノ要求ノ応諾セラルルニ於テハ
一、帝国ハ仏印ヲ基地トシテ支那ヲ除ク其ノ近接地域ニ武力進出ヲナサザルコト
二、帝国ハ公正ナル極東平和確立後仏領印度支那ヨリ撤兵スル用意アルコト
三、帝国ハ比島ノ中立ヲ保証スル用意アルコト

他には1941年11月5日の第7回御前会議における対米交渉要綱(甲案・乙案)などもありますが、さすがに長くなるので省略します。こんな感じで加藤清隆は嘘デマカセを言っているわけです。「保守」を自認しているであろうに。ところで、その嘘デマカセである「大東亜戦争推進要綱」なる単語、加藤清隆は以前から使用していたりします。


検索結果

この様に彼のアカウントでは2021年から行っており、そして今年(2023年)8月になって急に複数回言い出したように見えます。ただこれより以前にも「大東亜戦争推進要綱」を使用しているアカウントはあり、X上では2019年から使用しているアカウントが存在することがわかります*3


検索結果

では、この2019年のアカウントがこの単語の初出かというと異なり、このアカウントもおそらくは加藤清隆のデマに脅さされている可能性があります。何故ならば加藤清隆は少なくとも2018年には現在と同様のデマカセを吹聴しているからです。それが2018年3月11日にyoutubeで配信された「報道特注番外編【話したいことがありすぎる!ケント・ギルバート参戦!!】④」での放送です*4

ネット上で確認できる「大東亜戦争推進要綱」の初出はおそらくはこの動画上においてです。国会図書館などで書籍の方を確認する限りは加藤清隆はそれっぽい事を書いていそうな文章はなさそうなので、おそらくネットだけで流布しているかもしれません。ただこの「大東亜戦争推進要綱」、全くと言っていいほどネット右派系には膾炙していません。加藤清隆以外に使用しているのは上述したスクショの3アカウントのみですし、加藤清隆自身の投稿もそこまで拡散してませんしね。そもそも流石に実在しない資料なので流布しようにもすぐに突っ込まれてしまい流布も出来ないでしょう。あとフォロワーの数が多くても加藤清隆自身に言説そのものに与える影響力は少ないのかも。ただこの「大東亜戦争推進要綱」自体は「大東亜戦争」という呼称を取り戻そうという動きであると共に、「(実在しない)公的文書」によって大日本帝国がアジア解放を当初から目指していたという事を語る歴史修正主義的な動きです。また複数回、長期的に投稿することによって事実ど度外視した馬鹿(無知)を増やす手法ともいえます。これは失敗した事例と言えますけど、ただ今回以前には気づかれてもいなかったわけでもありますしね。



■お布施用ページ

note.com

*1:例えばアジア歴史資料センターでの検索結果だと一つも見当たらない

*2:資料作成日は12月12日

*3:ちなみに5ch、グーグル検索では他で使用された形跡はほぼありません。

*4:現在削除済み。放送日は文化人放送局で確認https://twitter.com/Bunkajin_tv/status/972774132038471681