電脳塵芥

四方山雑記

ワクチンの職域接種の新規受付停止に関しての雑文

今後、供給できる量を上回るおそれがあるとして、大規模接種は23日で、職域接種は25日の午後5時で、新規の申請の受け付けを一時休止すると発表しました。
自治体の大規模接種と職域接種 新規受け付け一時休止 河野大臣

 少しだけ書いとく。何故新規受付停止をしたのかと言えば、ありていに言えば応募が多くてワクチン供給量を上回るから。ただ果たしてこれが政府の想定通りなのか、想定以上なのか。そもそも職域接種と自治体間の調整など計画性があっての事なのかは不明。なお朝日記事を見ると想定以上っぽい。予想される事態であったろうに認識が甘いと思う。

政府高官は「(申請されたワクチン数は)想定外。正直ここまで申請があるとは思わなかった」と語った。
官邸関係者「指示が裏目に」 職域接種、受け付け停止に

モデルナ製ワクチンの供給量

 まず職域接種に使用されるのはモデルナ製ワクチン。そのモデルナ製ワクチンの供給量は6月末までに4000万回。その後に7~9月に1000万回の合計5000万回。そして職域接種の応募状況は先ほどの記事では以下の様なもの。

職域接種と大学での接種の合計でおそらく3300万回を超え、自治体の大規模接種が1200万回を超えてかなり上限に近くなっている

上記の記事にある様にモデルナ製ワクチンは自治体の大規模接種にも使用されることになっており、職域接種と併せて4500万回分。このことからも年内5000万回という上限に近づいている数字であり新規受付停止は当然のことではある。というより、現状だと6月末4000万回の数字を既にオーバーしている事を考えれば、オーバーした500万回分に回された応募企業、もしくは自治体に若干のスケジュール的しわ寄せがある可能性が存在。

ファイザー製ワクチンの供給量

 ファイザー製については以前供給量減少についての記事で書きましたが詳しく見たいならそちらで。ただ簡単に記すと供給スケジュールは以下の様なもの。

ファイザー製ワクチン輸入時期>
6月末  :約1億回分(5千万人分)
7~9月 :約7千万回分(3500万人分)
10~12月:約2400万回分(1200万人分)

ファイザー製ワクチンに関しては上記を見ればわかる様に7月から供給量が減少します。配布スケジュールでは第10クール(7/19の週・7/26の週)までに医療従事者(936万回分)、高齢者向け&一般向け(8223万回)を併せて9159万回分のワクチンの配布・計画され、7月末に6月末までに届いたワクチンを9割以上使用される予定となっています。
 なお高齢者用のファイザー製ワクチンは6月末1億回を考えると十分な量なはずだけれど、以下の様に来月19日以降の供給量が未定となっている自治体もある。厚労省の配布スケジュールを見ると総量はもう決まっているはずであるし、何故決まってないのか、一定の割り振り枠があるはずなので政府側が要求量にこたえられないのが何故かは良くわからない。

ファイザー社のワクチンは、今月21日から来月18日までがあわせて6万7860回分と市の要求量の半分程度にとどまっているほか、来月19日以降は、供給量が未定になっています。
山形市 ワクチン接種の新規予約を一時停止 供給量著しく不足

問題点

 一番最初に紹介したNHK記事に書いてある河野大臣の言葉が全てかも。

河野大臣は「若干、綱渡りのようなオペレーションになるかと思うが、自治体と連絡を密にしながら、なるべく必要なところにきっちりと届けられるよう頑張りたい。すべての職域接種や大規模接種ができないのは非常に残念だが、最大限スピードを落とさないようサポートしていきたい」

要は確固たる計画の下に進んでいる計画ではなく綱渡り、若しくは行き当たりばったり的な行為なのかなと。よく言えば柔軟。現場は大変だろうけど。それとモデルナ製ワクチンは自治体においてもその接種スピードを上げるために大規模接種会場を用意したり、7月以降は物理的な供給減少が発生するためにモデルナ製ワクチンが必要になる可能性がある。しかしその分のワクチンを職域接種により大量に使用することになり、自治体側の計画に混乱が生じることになるかもしれない。
 その他の問題点としては単純に職域接種という属する企業によってワクチン接種が出来るかどうかが変わり、本来優先接種を受けるべきであろう職種とされる人や非正規雇用の人間が置き去りにされるというのもある。なんとなく新自由主義下のワクチン接種だなって思う。

余談。1日100万回を超えたね

f:id:nou_yunyun:20210625025744p:plain

 上記はテキトーに作った雑な表なんですが、これをみると6月7日週くらいからワクチン接種は1日100万回程度の推移ということが分かります。なお1日100万回自体は7月末に高齢者全員に2回接種達成に必要な数という「目標の為の目標」の様なもので、では7月末に希望高齢者全員が現在達成可能かは不明。少なくとも単純に高齢者全員7200万回は最早無理だし、全員接種は色々な意味で土台不可能な話なので置いといて。そも、「希望高齢者は何人か(何割か)」という前提が存在しない。希望者が7割くらいならばおよそ5000万回なので、その数ならば達成は不可能ではないだろうけれど……。ここら辺はアナウンスされてないので、高齢者接種というのは実はゴールラインが不明瞭だったりする。なお、ここ最近の一般接種は8~90万回前半で高止まりしてきてて一般接種の上限は自治体大規模接種会場を考慮しても100万程度なのかなと。
 そして職域接種に関しては河野大臣の会見を読む限りは1日20万回程度と踏んでいるらしい。医療従事者への接種については既に当初の想定である960万回を超えて1000万回を超えているので早晩医療従事者の接種は終了するはずです。大体1日10~20万回で推移していたので、この医療従事者分の回数がなくなり職域接種分がそれを補う感じでプラスされる流れになるかなと。職域の本格化と医療従事者への接種回数が重なるところで1日120~130万回という回数の日が出てくるかもしれないけれど、150万回レベルはなかなか難しそう。あと細かい事なんだけど、現状の統計だと職域接種は一般接種に合算されるっぽいので職域接種の回数はすぐには確認できなさそう。

アベノマスクによる在庫放出論について

 所謂「アベノマスク」について。まず「アベノマスク」の定義みたいな話をすれば、政府が配布した布マスクは介護施設向け、学校向け、妊婦向け、そして全世帯向けという大まかに分けて3種類あり、アベノマスクは「全世帯向け配布布マスク」のみという人もおり、そういった定義も有りはいえます。しかしながら不良品やその検品、在庫などで同時期に配布、備蓄された「安倍政権が配布した布マスク」と考えている人間が多く、違和感も少なくない事、またこれらを分けて考える必要性も薄いことからこの記事における「アベノマスク」とは介護施設、学校、全世帯向けに配布された布マスクとします。

 さて、アベノマスクについてこのブログではいくつかの記事を書いておりますが、今回の記事に関する事以外では『「毎日新聞がカビマスクを捏造した」というデマの生成過程』というのを以前書きましたので興味がある方はそちらもどうぞ。

nou-yunyun.hatenablog.com

今回の記事は厚生労働省に対して合同マスクチームが作成した資料を全て欲しいと開示請求した結果*1、やその他の開示資料、インターネット上で家訓にできる資料などを基にしてツイッターなどの一部で流布されているアベノマスクの効果である「在庫放出論」に対する検証記事です。なお、この記事自体は一度2021/6/23に公開したものですが、改めて諸資料の見直しを行い、より精度の高い情報に更新しています。以前からの大まかな論旨の変更などはありませんが以前の記事を見たいという方はこちらからどうぞ

大まかな時系列と配布理由

 まずアベノマスクにおける大まかな時系列は以下の様なものです。


3月10日 介護施設等向け布マスクの配布決定
3月21日 介護施設等向け布マスク配布開始(2000万枚)
4月 1日 安倍首相が全世帯に「布マスクを2枚ずつ配布する」と発表
4月 7日 上記方針を閣議決定
4月11日 小中学校への配布開始(約1,500万枚)
4月14日 妊婦向け布マスク(約600万枚)の市町村への配布
      および不良品発見
4月17日 全世帯向け配布開始(1億2000万枚)
6月20日 全世帯向け配布完了
6月30日 介護施設等向け第2弾配布開始(4000万枚)
8月 5日 介護施設等への希望施設への配布開始(8000万枚)
※スケジュール、数量は下記の「布マスクの配布スケジュール」を参考。小中学校の配布時期、枚数は経産省HPを参考。なお資料によって枚数が異なる事があるがいずれが正しいかは不明な為、基本的には厚労省を基準とします。厚労省でも枚数が違うことがたまにありますが……。


以上の時系列を見る様に当初は介護施設等向けでしたが、4月1日の発表によって状況は一変したと言えます。そして会議上での全世帯向けの布マスクの配布理由は以下の様なもの。

依然として店頭では品薄の状態が続いており、国民の皆様には大変御不便をお掛けしております。全国の医療機関に対しては、先月中に 1,500 万枚のサージカルマスクを配布いたしました。さらに、来週には追加で 1,500 万枚を配布する予定です。加えて、高齢者施設、障害者施設、全国の小学校・中学校向けには布マス クを確保し、順次必要な枚数を配布してまいります。
 布マスクは使い捨てではなく、洗剤を使って洗うことで再利用可能であることから、急激に拡大しているマスク需要に対応する上で極めて有効であると考えております。(中略。1億枚の確保のめどがついたことから)世帯においては必ずしも十分な量ではなく、また、洗濯などの御不便をお掛けしますが、店頭でのマスク品薄が続く現状を踏まえ、国民の皆様の不安解消に少しでも資するよう、速やかに取り組んでまいりたいと考えております。
4月1日 新型コロナウイルス感染症対策本部(第 25 回)

また厚労省の2020年4月14日の資料「布製マスクの一住所当たり2枚の配布について」では、以下の様に記述。

この時期には安倍政権は医療機関に対してサージカルマスクを配布しており、それ以外の施設には布マスクをという施策をとってます。全世帯配布そのものは需要をまかないきれていない市場の需要への応答、そして布マスクである理由は複数回使用によって需要抑制を図れるからといえるでしょう。そしてそれによって不安解消しようとものです。需要抑制による在庫放出、という論理も成り立つ事は可能ですがただ当初から在庫放出をもくろんでの行為であったとはあまり思えず、在庫放出そのものは結果から導いた後付け的理由と考えた方が良いと考えます。また全国民向けマスク配布は朝日新聞西日本新聞文春などの記事から2月末~3月頭辺りに佐伯耕三秘書官による発案であり、その説得方法は以下の通り。

布マスクで「不安パッと消えます」 官僚案に乗って炎上
1カ月以上前から首相官邸内で浮上していた。「全国民に布マスクを配れば、不安はパッと消えますから」。首相にそう発案したのは、経済官庁出身の官邸官僚だった。
朝日新聞 2020年4月2日

この記事の描写を勘案するならばそもそも当時の安倍晋三首相周辺の考えとしてはマスクの供給枯渇による国民の「不安という感情」を解消、最低でも緩和させる手段としての施策であり、そしてそれは4月1日の首相発言である「国民の皆様の不安解消に少しでも資するよう」にもある様にこの部分が本音と考えられます。この発表や到着で「不安」が解消した人がどれくらいいたかは不明ですが。
 なお時系列を見ればわかる様に2021年に問題となった倉庫の在庫として大量に余っている布マスクは8月の介護施設等向けのものであり、その配布予定は8000万枚。そのうちの5800万枚は6月22日に発注したものであり、6月時点の市場へのマスク供給や将来性を読んでいればこの5800万枚の発注は避けられた可能性は高く、ともすると8000万枚ともいわれる在庫の半分以上は避けられた可能性は大いにありました。

「アベノマスク」で吹聴されている効果とその生成過程

 一般的(?)にアベノマスクで言われている効果の一つとして「アベノマスクのおかげでマスク価格が下がった」という在庫放出論の様なものがあります。例えばこれとか。


https://web.archive.org/web/20211029073601/https://twitter.com/fuka_kurose/status/1297895683676991490

そして以下の安倍元首相の認識。

政府による布マスク配布のおかげで、市中にマスクが出回り、価格も下がった――。安倍晋三首相が6日にインターネット番組で布マスクの「成果」を強調した
配布率5%なのに「布マスク配布で価格下がった」 首相「成果」強調に疑問の声 2020/5/15

これを読むと2020年の5月6日時点で安倍首相の中に在庫放出論が出来上がっている事が分かります。また菅義偉氏もこれと同様の認識を語っています。

菅氏は会見で、「布マスクの配布などにより需要が抑制された結果、店頭の品薄状況が徐々に改善をされて、また上昇してきたマスク価格にも反転の兆しがみられる」と説明。
アベノマスクのおかげで「価格が低下」 菅氏、効果強調 2020/5/20

安倍首相、および菅義偉と当時の政権中枢がこのような効果があったとしていますが、そもそもこのような考えはいつ生まれたのか。探っていくとまず4月23日ごろに以下の様なツイート群が目立ちます。


https://twitter.com/murrhauser/status/1253229317200330753


※ツイート及び動画も削除済みの模様


https://twitter.com/miyabi39mama/status/1253102360143867904

4月23日に同時多発的に上記の様に在庫放出論的なものが拡散されている事が分かります。この時点で在庫放出論が既に一部で固まり、事実化している事が伺えます。またもう少し遡ると、


https://twitter.com/katsuyatakasu/status/1252903487001640960

この様な高須氏のツイートが見当たります。この記事の中でリンクを貼られている記事は右派系ブログ政治知新による「 大成功!安倍政権による布マスク配布により、紙マスクが暴落し出回る!!商社も在庫を吐き出し、一般工場は医療用マスク製造にシフト!!これは日刊ゲンダイも認める事実!! #ありがとう、安倍総理!! 」 という記事です。この記事の影響は大きく高須氏以外でもそれなりの拡散をしている事が分かります。

https://twitter.com/seijichishin/status/1252554705919590401


※アカウント削除済み

そしてこの記事前にさらにさかのぼると、


https://twitter.com/tougamo4041/status/1252122935055183872

4月20日にもやや拡散しているツイートが存在し、そして


https://twitter.com/h_nagayama/status/1251418830678552576

4月18日のこのツイートが主な発火点と捉えて良いでしょう。
 このツイートは在庫ではなく「海外の倉庫」ですが類似の事ですし、このツイートからの発想で20日、そして23日のツイートにつながっていくと考えられます。永山氏のツイートは4月18日ですが、マスクの配布は4月17日。1日だけでそのような劇的な動きが発生するとは考えにくく、なのでアベノマスク「発表」によってこれらの効果が発生したということになるでしょうが、実態のない発表だけで需給関係の中で発生していた現実がそこまで大きく変容すると考えるのは評価ありきとしか思えません。
 ひとまず在庫放出論の拡散過程をまとめると以下の様な時系列で拡散していっている事が分かります。


【在庫放出論の拡散過程】
4月 1日 アベノマスク発表
4月17日 アベノマスク配布開始
4月18日 永山氏のツイートで在庫放出論が生まれる
4月21日 政治知新による永山氏などの件を踏まえて記事化
4月22日 高須氏などのツイートによって記事が拡散
4月23日 複数アカウントによる在庫放出論のつぶやきと拡散
5月 6日 安倍晋三氏による同認識の披露


安倍晋三氏がどこからその認識を得たのかまでは分かりませんが、以上の様な経緯を経て現在に至っているものだと考えられます。永山氏のツイートの時点がかなりの拡散が行われましたが、そこからさらに右派系ブログによって記事化、そして複数のツイートによる拡散によって在庫放出論ともいうべき考え方が一部であたかも事実化の様に認識される事となりました。ちなみに発端となる永山氏のツイートにおける各要素ですが、国内におけるマスク生産は全体的に生産量を増やしているので一般用の製造を減らしている様な資料や報道は特に見当たりませんし、後述しますが中国の輸出ストップ戦略は存在しません。あとブローカー云々はあまりにも論拠がないので無視します。

 それでは以下からはアベノマスクの効果、特に在庫放出があったかどうかを詳細に検討していきます。

中国の輸出規制は存在したか

 まず出規制については中国当局は否定しており実際に2、3月に日本は中国からマスクを輸入しているので「輸出ストップ戦略」そのものは誤りです。ただ2020年3月21日の毎日新聞の記事を読むと

新型コロナウイルスの感染拡大で、マスク不足が続いている。その背景には、中国で製造されたマスクが中国側の「規制」によって日本に供給されないことを一因とする見方が有力だ。中国政府は輸出規制を否定するが、太田市の医療用品販売会社「ファーストレイト」は「現実に、中国から持ち出すことができない状態だ」と訴える。

というように文面を読むと事実上の輸出規制の様なものが行われてはいます。とはいえ複数の記事*2で「ファーストレイト」という企業名以外が出ないのでその規制の規模、実態は分からず、この輸出ストップ戦略をどこまで信じるべきかは疑問府が付きます。また例え輸出規制が真だったとしても3月になると輸出を認めたという記事も存在していますし、こちらの毎日の記事では中国は3月に世界へ38億枚の輸出をしており、輸出規制の実態が良くわからないものの少なくとも3月末時点で輸出規制は緩和されてる可能性が高く、アベノマスクによって「事実上無力化」という前に輸出規制は無力化しています。そして3月30日のNHKの記事には以下の様にあります。

商社の担当者は「中国国内でも、日本の10倍以上の使用量があることに加え、世界的なマスク不足を受けて各国の争奪戦となっている。今回は、なんとか集められて奇跡的だと感じるほどだ」
中国からのマスク輸入 世界的な感染拡大で安定調達が課題に

記事内には輸出規制のような文言がないことから中国が輸出規制を行った事実は限りなく低いと考えられます。さらに言えば日本政府や各国が中国に対して輸出規制に対する批判をしたという報道はありません。また厚労省にこの中国の輸出規制について開示請求しましたが、その返答は「事務処理上作成又は取得した事実はなく、実際に保有していない」との返事が来ました。ですのでこの輸出規制報道は現場による中国政府への忖度的な行動、現場の暴走的なものと考えた方が合理的です。
 次に2020年3月9日開催の第317回 消費者委員会本会議の資料「国民生活安定緊急措置法に基づくマスクの転売規制について」においても「輸出規制」といった文言は存在せず、「輸入が停滞」である事から国家レベルでの輸入規制があったとは考えにくいです。

むしろ”原材料についても、中国からの輸入が停滞しており、今後確保が困難な見込み”という文言の方が重要であり、それらが中国からの輸入が減少した一つの要因であると考えられます。この時期に輸出が減ったのは中国国内における需要と在庫、原材料の減少、そして各国との獲得競争が大きなものと考えられます。

国内外の生産量や輸入量について

 アベノマスクが届き始めたのは4月中旬くらいからで、その時期ぐらいからマスクの品薄が改善され始めてきたこと自体には異論はありません。その要因についてはアベノマスクによる在庫放出論よりも「4月のマスク輸入量、むっちゃ増えたよ」で書いたように単純にマスクの輸入量が増えたことを主要因として考えた方が妥当でしょう。それを裏付けする為に2020年の貿易統計を見ていくと不織布及び布マスクの輸入量は以下の様なもの。

4月という時期は上記グラフが示す様に布マスク(ここにアベノマスクは含まれる)をはるかに上回る量の不織布マスクが輸入され国内に流入している状態*3。このグラフだけでも在庫放出論は例え効果があったとしても微々たるものであったということが理解できます。要は供給が増えれば需要は賄える。
 補足として中国での生産量も書いておきます。以下は中国メディアによる記事ですがそこには以下の様にあります。

1月25日には800万個、2月29日には1億1600万個...わずか35日間で、中国のマスクの1日あたりの生産量は約13.5倍に増加しました。
 3月1日から4月4日までに38億6000万枚、4月5日から4月30日までに239億4000万枚...わずか2か月で、中国のマスクの検査と輸出は278億枚に達しました。これは昨年の世界全体の約3倍です。マスクの出力。
小口罩大合力:1个月左右 我国口罩日产量从800万增至1.16亿|中国石化_新浪财经_新浪网 ※自動翻訳

この記述を見ればわかる様に中国の生産量は1月末から飛躍的に上昇しています。中国で増産したものが全部日本に来るわけではありませんが、3月1日~4月4日の生産量の1割以下が輸入されるだけでも3億枚となるわけで(実際にはそれ以下でしょうが)、中国は輸入量激増を行えるだけの生産量の飛躍的上昇が発生している事が理解できます。
 また国内生産量についても通常時に比べてかなりの増産が行われています。以下は東京新聞の2020年4月6日の記事ですが、2020年3月の生産量は通常月の生産量9000万枚から3.6億枚と大幅増加になっています。


出典:東京新聞新型コロナ>マスク不足 解消遠く メーカー「供給追いつかない」

国内企業へのマスク増産体制については経産省の「マスク・消毒液・ワクチン等の状況」を見ればわかる様にその後にも増産体制が築かれており、2020年8月26日の読売の記事によれば国内の生産量は5億枚程度になっています。アベノマスクそのものよりもこれらの外国からの輸入量、国内の生産量増加がマスクの価格低下に寄与したと考える方が妥当でしょう。
 また各月の生産/輸入量を厚労省に開示請求したところ次の内閣府資料を案内されました。その資料とは2020年8月20日に開催された第326回 消費者委員会本会議の「【資料2】 マスク及びアルコール消毒製品の市場供給の改善に伴う今後の施策について(案)」であり、内容としては各月ではなく2020年6月時点の推計と8月の見込み量の記載のみとなり、各月の生産/輸入量がないのは残念ですが(つまりはマスクの各月生産量/輸入量の資料は存在しないことになる)ある程度の参考にはなります。それによると6月時点のマスク国内生産量、海外からの輸入量は月当りそれぞれ8億枚になっています。

つまりこれらのことから荒いデータではありますが、

平時生産&輸入量:4.4憶枚
3月生産&輸入量:6億枚
6月生産&輸入量:8億枚
8月生産&輸入量:10億枚(見込み)

以上の様に各月ごとの順調に供給が回復している事が分かります。
 2020年度のマスクは国内生産量は35億枚、輸入量は94億枚の合計129億枚です。特に輸入に関しては貿易統計上は年度頭の4、5月が最もマスクが輸入が多かった時期であり、在庫があったとしてもそれを吐き出す効果として最も機能したのは輸入量の増加であることが伺えます。


出典:日衛連

アベノマスクの配布時期

出典:令和3年1月5日時点布マスクの配布スケジュール

 先述しましたがアベノマスクは4月1日に発表され、その配布スケジュールは上記の様なものです。上記の配布スケジュールを見ると4月17日に配布が開始し、6月20日に配布が完了。ただこれだけだと配布進捗度が不明、とはいえ開示資料にそういった資料はない。厚労省の「布製マスクの都道府県別全戸配布状況」でも進捗度そのものは今現在は書いていないためにどの様なペースで進んだのかは不明です。なのでインターネットアーカイブ過去を確認すると東京は4月17日に配布が開始し、5月27日に配布が概ね完了します。ただし全国の進捗率で言えば約25%程度であり、全国的に見れば5月末でさえその程度の配布率だったわけです。東京以外の地域で言えば12道府県で5月11日週から配布が始まり、その後順次他県でも配布が始まり6月20日に配布が完了という流れです。会計検査院の資料「第 3 布製マスク配布事業の実施状況等について」によれば各都道府県の配布時期は以下の様になっており、大抵の道府県は配布が5月中旬以降であることが分かります

 また東京での詳細な配布進捗が分からないものの東京は対象約790万世帯に対して約40日かけて各世帯に布マスクを届けたことになります。790万世帯に40日という事を考慮すれば配布開始と共に市中に布マスクが潤沢に出回ったというわけではなく市場の在庫放出のインパクトがあるほどに出回ったのかには大きな疑問です。そして配布枚数に関しては以下の様な記事も存在。

今月(5月)18日時点で、東京をはじめ、大阪、北海道など、13都道府県でおよそ1450万枚の配布が完了
「布マスク約1450万枚配布完了 品薄状況改善に効果」官房長官

5月18日時点で1450万枚(1世帯2枚配布なので725万世帯に配布)。布マスクの利点が繰り返し使えるとはいえ1450万枚では市場需要を満たせる数字ではないであろうことは想像に難くありません。なおデータについては後述しますが、4月17日から5月18日までのマスク販売数は2億3千万枚。配られたマスクはこの数値の6%程度。返す返すも配布マスク程度の数で在庫放出を促進したかは重ね重ね疑問です。

不良品報道からの検品による配布時期への影響

 マスクの不良品報道によって布マスクの検品がおこなれ、それによって配布が遅れたという指摘があり、そしてそれは毎日新聞捏造報道によって起こされた、という認識の方がいます。毎日新聞によるマスクの不良品報道そのものは事実であり、「捏造報道」というそのものがデマなのですが、ただし検品によって配布が遅れたこと自体は確かです。会計検査院による指摘には下記の様にあります。

当初の予定通り2年4月から配布できたのは東京都のみであり、他の道府県では配布開始日は、不良品問題の発生により5月12日以降となっていた。また、当初の予定では5月末までに配布を完了することとしていたが、不良品問題により配布が遅れることとなり、本院が確認した5月31日時点の配布枚数は約4069万枚となっていて、上記の1億2183万枚に対する割合は33.4%となっていた
布製マスク配布事業の実施状況等について 」より

5月末で配布完了の予定が検品によってその時点では配布は4000万枚で3割ほどという状態。強調するまでもなく、この時期には市場でのマスクの入手難易度は低下しており、大抵の世帯は届く前に自らマスクの入手が出来る様になっていたと考えられます。
 

マスクの不良品率について

 マスクの不良品率については会計検査院の資料には以下の様に記述されています。


【マスクの不良品率や内訳、検品基準】
■妊婦向け布マスクの不良品率及びその内訳
 1回目配布の49万枚のうち12.5%に不良品

■全世帯向け布マスクの不良品率及び検品基準 ※5月下旬前までの納品分
 厚労省の布製マスク7105万枚のうち1089万枚(15%)
 文部科学省(学校等向け)の83万枚のうち18万枚(22%) 出典はともに「第 3 布製マスク配布事業の実施状況等について


全世帯向け布マスクについては妊婦向けマスクが問題になった事からの検品となります。厚労省らは検品業者として株式会社宮岡と4月に契約を締結し、5月下旬前までに納品された検品で以上の数が良品とされませんでした。いずれの布マスクにおいても高すぎる不良品率であり、このレベルで市場に出た場合はその企業の信用問題に値すると言ってまったく過言ではないでしょう。なお5月下旬以降に納品される布製マスクについては納入業者が検品を経た後にマスクが納品されるべきであるとして、納入業者と宮岡との間での契約へと変化しています。つまりは5月下旬までは納入業者らの検品体制はおろそかであったと考えて良いでしょう。
 それとツイッターなどで在庫における不良品云々というのを見ましたが、在庫内の不良品がそんなにあったらそれは廃棄するしかないわけですし、そもそも在庫検品はしてないはずです。報道上は。それは5月下旬以降に業者からは検品したものが納入されていたはずですし、何よりもその論拠となっている記事、例えば「「アベノマスク」在庫1割超が不良品 検品費用に追加で20億9200万円」などをよく読めばわかる様に、”昨年4月から5月に厚生労働省が直接、検品を実施したところ約7100万枚の内、約1100万枚、約15%が不良品だった”というもので、在庫ではなく政府が検品作業をしていた時期の話です。その不良品が在庫になっていると思えませんし、何よりも在庫の大半は6月22日以降に発注した介護施設等向けのマスクです。枚数が近いことなどから誤認している方がいますが、これは単純に記事を書く側の誤りで、誤報です。
 で、なぜこのような高い不良品率になったかですが会計検査院の報告からは以下の様な要因が考えられます。


【不良品率が高まったと思われる理由】
厚労省は調達する布製マスクの仕様書を作成していない
 ※口頭で示すのみ
 ※文科省は仕様書を作成。しかし品質基準等は書類上不明確
・納入業者に対して業界団体が定めた安全・衛生自主基準の品質基準等を考慮した製作指示をしなかった
・仕様書がないため検査職員が仕様書による品質確認を十分に行えなかった
・検査職員は不良品問題が発生するまで納入数量を報告で良しとし、抽出による確認すら行っていない


以上の様な理由ですがこれと共に早さ重視であったろうこと、そしてやはり仕様書の不在、抽出確認の不在でしょう。業者としても仕様書がなかったから不良品を渡しても良いわけではありませんが、しかしながら省庁側の仕様書の落ち度も認められ、これは批判されてしかるべきでしょう。会計検査院もそういった問題点を指摘しています。なお5月下旬以降には業者側での検品となりますが、この検品費用は契約変更によって契約額に上乗せされています。これは契約に不良品が発生した際の責任、費用負担の措置がなかったこともうかがえます。なお検品にかかった費用は約7億円、5月下旬以降の業者側の検品上乗せ分は約10億7000万円。そして検品によって5月末配達完了という当初予定より遅れたための諸作業の人件費の増加は厚労、文科併せて約3億8000万円。結構な金額が追加として消費されているといえます。

アベノマスク配布前後の販売動向

 開示資料の中に「販売動向週次データ」と「販売動向日次データ」という二つの資料があったのでこちらからマスクそのものの販売動向データを確認します。まずは「販売動向週次データ(~2021.2.14まで)」から。


出典:販売動向週次データ。アベノマスク廃止開始日は引用者の追記

上記の様に動向週次を確認する限り販売枚数がアベノマスク配布開始時期とほぼほぼ呼応して販売数が上昇すること自体は間違いありません。ただし。上記のグラフの突き抜けている部分が販売のピークとなりますが、その時期は2020年1月27日週、販売枚数は9億7854万5000枚。1週間で10億枚に迫る勢いであり、2019年のマスク生産量が64億枚であったことを鑑みればその販売数が如何に驚異的な数字であるかが理解できます。その後の販売動向を見ると3月にかけて急激な販売数量低下、そして4月の底の状態を見るに市場の在庫枯渇と供給不足をうかがわせます。その底は在庫放出ではなく、中国から等の輸入による供給能力向上などで終わったのがたまたまアベノマスクの配布開始時期と被ったと考える方が妥当でしょう。そもそもアベノマスクが輸入された時期にそれ以上のマスクが日本国内に輸入されているわけですし。
 そして次はマスクの1枚当たりの販売単価の推移です。

出典:販売動向週次データ

最高値は5月4日週の55.9円。アベノマスクの発表が4月1日、配布開始時期が4月17日共に販売単価の上昇局面にあり、つまりはこれらの発表、配布開始時期がマスクの単価に与えた影響、少なくとも安くさせる効果がなかったのは確かです。その後に販売単価が低下したのは供給量の大幅改善と考るのが妥当。勿論、この単価値上がりのさ中に在庫をためておいた業者がいた可能性は否定できませんが、とはいえアベノマスクが在庫の大量放出に向かわせたならば単価の下落傾向が見られてもいいはずです。それがないという事は仮に在庫にためて価格上昇を狙っていた業者がアベノマスクによって放出したとしても市場には影響の出ない範囲だったという事でしょう。
 おまけとして販売、平均販売金額の月次動向も貼っておきます。やはり2020年3、4月が供給が需要をカバーできない市場の底だったのだなと。


出典:販売動向週次データ

 さらにおまけでこっちは販売の日次動向とそのデータを基にして作成したアベノマスク発表から2か月間の販売データのグラフです。


出典:「販売動向日次データ」

出典:上記の販売動向日次データより作成

日付単位でみていくと4月が販売数の底でそれが回復してきたのがGWあたりからなのかなと。このグラフを見てもアベノマスクが在庫を放出したとはちょっと考えにくい。

転売に対する影響

 転売に関しては経産省にある委託調査報告書「新型コロナウィルス感染症に関する広報調査事業 報告書」及び「令和二年度産業経済研究委託事業(新型コロナウィルス感染症に関する広報調査)に関する報告書」を参考とします。
 まず前提として3月10日に「国民生活安定緊急措置法に基づくマスクの転売規制」が閣議決定され、2020年3月15日以降にマスクの転売行為が禁止されます。その影響は資料上では下記の様になっています。まずは2019年度。

以上の様にサイトAとサイトBとしていますが、2020年8月20日消費者委員会本会議の資料からサイトAはヤフオク、サイトBはアマゾンの可能性が高い。ただ3月9日での会議ではサイトAからDまであり、断言はしづらいのでここではサイトA、サイトBとしておきます。


※この資料自体は2月末から8月中旬時点の変化という長期スパンの変化だけを述べていて正直役に立たない……。

一般用マスクのサイトAでの落札数、サイトBでの販売数は共に3月10日あたりから激減、平均価格ではサイトAの一般用マスクが規制開始後に幾度か急激に上がっているのが分かりますが、これは落札数(出品数)の減少なども大きくかかわっていると考えられます。そして次は2020年度。

何故か2020年4月分のデータが記載されてないのが大変に痛いのですが……、それはともかく全体の傾向としては2020年度になってからはオークションサイトであろうサイトAでは落札数がピーク時から2桁以上下がっていることが分かります。なお8月29日に転売規制は解除されてはいるものの大きな上昇がない事は供給がひと段落したということの証左でしょう。また通販サイトであろうサイトBの傾向を見ると3月末の販売件数が一般用マスク(大量)と併せて1万4~5000程度。それが5月頭にはおそらく同等の数であろうことから4月中はその近辺で上下していたと察せられます。そしてその後の右肩辺りの傾向は供給数の回復と捉えるのが妥当かなと。
 以上の動向を考えた場合、この改正によりネットにおける転売規制そのものは絶大な効果を発していると考えていいでしょう。ただしそれは時期的にもアベノマスクは全く関係ない力学から生じたものです。ネットの転売屋のとどめを刺したと言えるのはこのネット規制のみと考えても過言ではないはず。ちなみにこの転売規制そのものは野党からも提案しており、その一人である森ゆうこ議員の以下の言を信じるならば「大臣が御礼」にと言うことですので、政権だけではなく野党も一役買っている事は確かでしょう。


※当時の議会録はこちら

 なおマスク・消毒用アルコール転売での検挙者は警察庁の「令和2年における生活経済事犯の検挙状況等について」によれば2020年3月15日から8月28日までの間の検挙数は19件。個別具体的な事案は書かれていませんが、一応検挙者は存在してます。

説明資料にその在庫放出論はあるか

 全戸配布マスクの政策評価に関する資料が全て手元にあるかまではわかりませんが、開示資料の中ではマスク市場改善に関する資料が1つだけあるので紹介します。
 まずは「マスクの市場供給の改善に伴う今後のマスク施策について」という資料。これはマスク市場改善後の施策についての資料ですが、マスク市場改善の理由としては以下の様に記述されています。

・国内におけるマスクの生産量の増加や、海外からのマスクの輸入量の増加により 、市場におけるマスクの供給量については 、 7月末には 、一般小売における販売量が1月初旬の水準である週1億枚まで回復し 、また、8月には国内供給が月間10億枚を達成できる見込み」

出典:マスク市場供給の改善に伴う今後のマスク施策について(令和2年8月)

少なくともこのマスク市場供給改善の理由にアベノマスクは登場していません。書かれるほどのインパクトはなかったという評価なのでしょう。
 次に「令和3年度行政事業レビューシートにおける情報」にある中間レビュー「医療機関等へのマスク等の配布事業(excel)」から。まず重複しますがこの資料に書かれている「事業の目的」を引用します。

 国において医療用物資を購入・確保し、必要な医療機関等に優先配布を行うことで、医療提供体制の確保を図る。
 布マスクの配布により、国内の感染拡大防止のため極力多くの方にマスクを着用いただくとともに、洗濯することで繰り返し使用可能であることから、国から直接お届けすることで国民の皆様の不安を解消し、不織布のマスクの需要抑制を図る。

この資料からも事業の目的は「不安解消」、「不織布マスクの需要抑制(医療機関への優先配布)」である事が分かります。で、その定性的目標は「医療提供体制の確保、感染拡大防止及び不織布マスクの需要抑制」と記述されていますが、しかしながら本事業は「定量的な成果目標の設定が困難な場合」に当てはまるものとされ、その理由は以下の様に説明されています。

医療用物資の配布は、医療機関に医療用物資が不足することを防止し医療提供体制を確保することを目的としているが、医療提供体制の確保を示す適切な指標が存在しないため。
布マスクの配布は感染拡大防止及び不織布マスクの需要抑制を目的としているが、感染拡大防止や不織布マスクの需要抑制の効果を示す適切な指標が存在しないため。

要は指標がないためにその評価は困難というもので、そこには例えば今回の議題ともいえる「在庫放出を促した」、という様な効果測定はされていません。代替目標として約1億2千枚の配布が100%だった為に達成率が100%とされていますが、これは目標分を配ったというだけであって手段の達成率としか言えず、目標の達成率がなされているとは言えません。ちなみに介護施設、全世帯向けなどへのコストは1枚当たり133円(400億円/3億枚)。なお中間レビューにある「医療機関等へのマスク等の配布事業」は最終公表では消えており、NHKの報道によれば「医療用物資の備蓄等事業(excel)」と名称を変えて公表されています。これによって所謂アベノマスクの配布は医療物資の備蓄事業に丸められてしまい個別具体的な内容はオミット、点検結果など一部の記述には残っていますが資料から事業目的、代替目標などからは布製マスクの配布情報なども消えています。なお補足しておきますが、名称が変更されたのはこれ以外にもある為に「特異的な事例」とまで言えるかは不明です。

【記述内容変更の例(事業目的及び概要)】

※事業番号 2021-厚労-20-0067

 この名称や記述内容変更について厚労省NHKの取材に以下の様に答えています。

「布製マスクの配布等に関する経費は、医療用物資の確保・備蓄等に関する経費とまとめて、1つの事業として予算要求(事項要求)していたこと、令和4年度概算要求(事項要求)では、医療用物資の確保・備蓄等に関する経費が本事業の必要額のほとんどを占めることになると考えられたこと等から、布製マスクに関する事業目的や概要、代替指標等について記載していません。

と答え、そして布マスクの配布自体には以下のように回答。

「布製マスクの配布事業について、昨年マスクの需給がひっ迫し、入手困難な状況となったことから、▼感染拡大防止に一定の効果があり、▼洗濯することで繰り返し利用でき、急増していたマスク需要の抑制の観点からも有効、と考えて実施したものであり、当時の状況において適切であったと認識しています。」

この回答そのものは使用率、届いた時期の需給具合などを無視した有効性の判断であって果たして適切な評価判断であるかは疑問の余地しかないのですが、それはともかくレビュー、厚労省の回答いずれにおいても「布マスクが在庫を放出した」というまでの効果があったことは一切述べておらず、少なくとも在庫放出論は公的には存在しない効果と言えます。

アベノマスクの使用率について

 次に補足的なものですが、アベノマスクについての使用率ですが複数の調査があり、それによると使用率は以下の様になります*4

①アスマークによる調査
・調査人数:一都三県500名
・調査期間:5/14~15
・届いた:20.2%
・使っている:22.8%

・調査期間:5/21~22
・届いた:34.4%
・使っている:11.6%

②アイクリエイトによる調査 ・調査人数:20代以上の男女145名
・調査期間:5/14~21
・届いた:33.8%
・使っている:4.1%

週刊文春による調査
・調査人数:10代~80代まで1501票
・調査期間:5/26~29
・届いた:29.4%
・使っている:12.2%

④プラネットによる調査
・調査人数:4000名
・調査期間:7/17~20 ・届いた:不明
・使っている:3.5%。今後使いたい人は2%

調査によってブレはあるもののどんなに高くても2割程度の使用率。それもこれはGW時期というマスクが解消され始めた時期という条件ですらその程度であり、全国にいきわたった7月には3.5%程度になります。どんなに甘く見ても全体における使用率は10%程度でしょう。それとこの調査でもわかる様に5月の中旬でも「届いた」が3割程度。市場の回復時期を考えるとやはり届くのが遅い。

在庫放出論は正当化、擁護のための論

 以上みてきたようにマスクの在庫放出論に関して、現実においてはそのような効果はあったとしても極小であり、懐疑的にならざるを得ない。私自身、絶対にアベノマスクの効果がなかったとまでは言いませんが、その使用率は日本全国ではおそらく1割ほどです。安倍元首相自身が当時率先して布マスクをすることなどによる布マスクでも良いという広告的効果や手作り布マスク促進などは考えられはしますが、それがどこまで市場にインパクトがあったのかは図りようがない。また感染症対策として布マスクの促進が良かったかどうかという指摘も出来ます。

出典:「布マスクの配布計画・契約状況(令和2年7月28日)」

なによりも全戸配布に関しては上記の様に約260億円という金額を用いて行うべき政策だったかと考えれば、答えは明らかなのではないかと(なお会計検査院によると全戸配布、介護施設、妊婦、学校への布製マスク配布事業の契約支払い金額は 543 億 4856 万余円)。それは「新型コロナ対応・民間臨時調査会」の以下の記述からも明らかです。

マスク需給逼迫の中、値崩れ効果を狙った「アベノマスク」について官邸スタッフは「総理室の一部が突っ走った。あれは失敗」と認めた
4月1日に安倍首相が発表した1世帯当たり2枚の布マスク全戸配布、いわゆる「アベノマスク」は、厚労省経産省との十分な事前調整なしに首相周辺主導で決定された政策であった。背景にあったのは、使い捨てマスクの需給の逼迫。値崩れ効果を狙ったが、緊急経済対策や給付金に先立ち、政府の国民への最初の支援が布マスク2枚といった印象を国民に与え、政策コミュニケーションとしては問題の多い施策だった。配布の遅れもあり、官邸スタッフは「総理室の一部が突っ走った、あれは失敗だった」と振り返った
「新型コロナ対応・民間臨時調査会」(コロナ民間臨調)が日本のコロナ対応検証報告書を発表、10月後半から一般発売

 また4月22日には「新型コロナウイルスに関連した感染症の発生に伴う マスクの適正な価格での販売について」という通知が日本チェーンドラッグストア協会 をはじめとした各団体にいきわたっており、以下の様に価格適正化と売り惜しみについての要請をしています。

将来的な値上がりを期待した売り惜しみ等は行われないようにすることが重要であることが、4月22日に開催された物価担当官会議において確認されたところです。(中略)以下の事項について上記の方針について周知いただき、マスクの適正な価格での販売について御配慮いただくよう、よろしくお取りはからい願います。
(中略)
3. 将来的な値上がりを期待した売り惜しみ等は行わないよう、お願いいたします。
4. 以下のとおり、関係省庁の窓口において、事業者によるマスクの売り惜しみ、買占め行為等についての情報収集を行います。事業者によるマスクの売り惜しみや買占め行為等と疑われるような事案があれば、これらの窓口に情報提供いただくよう、お願いいたします。

各団体へのこの通知の効果がどこまであったのか分かりませんが、売り惜しみに関しては通報制度的なものまで設けられており、もしも在庫放出論を訴えるならばむしろこちらの実行的な取り組みのほうが効果があったかもしれません。実際にどの程度の売り惜しみ通報があったのか分からない為、実効性自体は図りようがありませんが。また上述したように転売規制の影響も考えるべきです。むしろ転売に限って言えばその規制の方を評価すべきです。
 2020年のマスク国内出荷量は国内生産と輸入によって100億枚をゆうに超えています。この出荷量増大には政府がマスク生産設備導入補助事業など、政策としてちゃんと関与しておりその部分について批判する人間は少ないと思います。また一時期に需給がひっ迫したとはいえ5月ごろには徐々状況が改善したのには政府の支援や企業の尽力もあるでしょう。ただしそれとアベノマスクとの関連性は薄く、配布が迅速でマスク供給不足時期に届いたならともかく配布の遅さ、高い不良率、そして使用率からも正直なくても大丈夫な政策だったと言わざるを得ません。それも一つの結果論ではありますが、結果としてその効果が低く、また避けられる可能性があった失敗ならばそれは批判されてしかるべきです。それを「在庫放出論」の様なもので擁護するのは安倍政権への属人性に基づくものとしか言えませず、ましてや安倍氏本人がそんな現実と乖離した言い訳めいた正当化を過去に言っていたことは問題で、彼は政策評価を適切に判断できる人間ではなかったということの証左です。言い出しっぺだから負けを認められないみたいなのだったんでしょうが。
 そして最後に日衛連による四半期ごとの在庫量の推移を見ていきす。

※出典はともに「第 3 布製マスク配布事業の実施状況等について

これを見ればわかる様に2019年12末の在庫量は8億6千万枚、その後にコロナ禍が露になってきた2020年3末月には在庫量は9600万枚まで激減しています。これは四半期ごととはいえアベノマスクの発表が4月の頭ということを考えればその時点での市場の在庫量は1億枚を切っていた可能性は高く、この発表によってインパクトのあるほどの在庫放出があったとは考えいにくい。その後の6月末、9月末での在庫量の増加などを見てもその後の供給量の回復と考えた方が合理的です。
 アベノマスクの在庫放出論はまともに取り扱う必要はありません。それを言った時点でその人の視点は曇ってる可能性大ですから。アベノマスクは死せる孔明ではない。


余談。介護事業者向けマスク在庫が結構余ってるかも

 以下の部分は2021年6月に記述しておりまだ会計検査院などによる指摘がなかった時期による推察です。結果的にはほぼほぼあっていたわけですが、今となっては少々古い情報。とはいえ消すのもなんなんでおいておきます。詳しくは「アベノマスク含む在庫 「処分に33年以上のペース」指摘に首相は」であるとか、「行き場なき「アベノマスク」含む布マスク 保管倉庫に記者が入った」などをどうぞ。

 ちなみに2020年8月から2021年3月までの倉庫の保管費用は以下の通り。


出典:「第 3 布製マスク配布事業の実施状況等について

 あと新型インフルエンザ等対策推進会議の基本的対処方針分科会第21回(令和4年1月25日)において、マスクには「不織布マスクを推奨」という文言が追加されており、配った布マスクの仕様は推奨されなくなってしまいました。施策当時は一応推奨の話がなかったとはいえ、今回は推奨されないものを在庫処分配布という形になるために問題含みの配布と言えてしまいますね。

なおアベノマスクの応募者配布には2.8億枚の希望が集まったそうですが、これはまた別記事で扱います。


以下、2021年6月時点の記事ママ

 介護施設向け布マスク配布は3月中旬以降、累計約6000万枚が配布されていましたが8月からは8000万枚(布マスク配布スケジュールによる)を施設からの申出受付に伴い配布するという枠組みを持っていました。この8000万枚については時事通信7月29日「布マスク配布の延期検討 介護施設向け8000万枚―厚労省」などを見ると延期検討などもされたようなのですが、ただ少なくとも8000万枚の在庫があったことは確かっぽい。で、開示請求の中に「介護施設等向けの布マスクの随時配布と備蓄概要」という資料がありました。この資料に8月30日までの申出状況ありました。

合計448万枚。多いとみるか少ないとみるか分かりませんが、この時点で在庫の数は約7500万枚がある事に。ただ8月30日までの状況なので今はもっと申し出が増えているかもしれない。ということでまた別の開示請求資料「全希望事業者リスト」というのを参照。この資料はその名の通り希望事業者からの枚数含む要望が2021年2月25日時点まで記述されており、それによると「44,750件中10,044,148枚」の申出があったようです*5。これで合計約1000万枚の申出があり、3月以降の申出が不明なものの単純に考えればおよそ7000万枚の介護事業者向けマスク在庫が存在することになります。実際にはその後の要望などはまだあるので7000万枚よりは減ってはいる可能性はありますが、それでも相当量のマスク在庫がある事は確実。現在の状況を考えれば在庫はある程度あることに越したことはないかもしれませんが、それでも過剰在庫の感は否めなく、この面でもこの布マスク配布には批判点は存在するといえるかもしれません。



■お布施用ページ

note.com

*1:該当資料が多く、医療用、一般用どちらの資料を欲しいかと聞かれたので今回は一般用の資料のみをもらっています。ですので医療用向けについての資料は手元にはありません。

*2:毎日新聞以外では「マスク不足が証明した中国の非人道性と国防動員法」、「中国で続く日本メーカー製マスクの輸出ストップ!工場を警官が見張り接収

*3:2020年のマスク輸入量の増加によって2021年はHSコードに変化が見られます。2020年はJETROのこちらを参照。2021年は税関のこちらを参照のこと。

*4:詳しくは アベノマスクの使用率ってどれくらいだったのか - 電脳塵芥

*5:この資料「全希望事業者リスト」では必要枚数が空欄(2か所?)であったり、割り振られてたNoの中に一部変な記述があったりとケアレスが散見。なのでここで提示した数字が本当に正確なのかが不明です。ただこの数字で大きな間違いはないはずです

来月(7月)以降のファイザー製ワクチンの供給量減少についての話

 ツイッターで次の記事を見たので、それに対しての雑記。

自治体が行う集団接種についてです。この接種にはファイザーのワクチンが使われているのですが、この供給を巡って自治体から困惑の声が上がっています。ファイザーワクチンの全国への供給量の推移は、当初は量が限られていましたが、先月から段階的に拡大、安定的な供給が続いていました。しかし、国は、今月4日、来月以降、大幅に減少すると発表ファイザーとの契約に基づくもので、やむを得ないとしていますが、突然の減少に、打ち手の確保に努めてきた自治体からは困惑の声が上がっています。
ワクチン 来月以降 供給量減少へ 自治体から困惑の声|NHK 関西のニュース

最初にこの記事を読んだときに私は勝手に高齢者向けワクチンの話と勘違いしてたんですが、これ記事の後半の方を読むと高齢者接種後の一般向け(12歳以上の市民)の話ですね。そんな勘違いは置いといて本題。

厚労省のワクチン配布スケジュール

 厚労省による6月4日の発表は「新型コロナワクチンの供給の見通し」 で確認可能です。4日の発表が15日に報道される時間差は謎ですが、好意的に考えるならば自治体が気付いてそれを察知したのがそれくらいだった、とか。それはともかくワクチン配布スケジュールは現在のところ以下の通り。

f:id:nou_yunyun:20210616173537p:plain

上記のスケジュールにある6月末に「6月末までに、高齢者約3600万人2回分の配布を完了」とある様に今月末に高齢者向けのワクチン配布は完了の予定。なので今回供給量減少によって足りないと言われているワクチンは高齢者向け以降の話になると思います。実際には自治体によって異なるところもあるかもしれませんが。ちなみに4月30日に厚労省が通達した「新型コロナワクチンの高齢者向け接種の前倒しについて」では高齢者向けワクチンの配布計画が載っていて、4月30日時点で6月末に高齢者向けワクチンの各自治体への配布が終了する計画でした。つまりはこの高齢者向けワクチン自体は4月末の配布計画から外れることなく進んでいることが伺えます。なお「配布」であって「接種」ではないので注意。
 そしてファイザー製ワクチンは上記厚労省HPから「【第10クール】7/19の週・7/26の週」までに医療従事者(936万回分)、高齢者向け&一般向け(8223万回)を併せて9159万回分のワクチンの配布・計画されている状態です(5回で計算)。

ファイザー製ワクチンの輸入計画

 さてNHKの記事にはこう書いてあります。

厚生労働省は、「ファイザーとの契約に基づくため減少はやむをえない」

この契約とは何か。報道を見ると単純に7月からの輸入量が落ちるということです。まずファイザー製ワクチンの契約数は年内に約1億9400万回分。12歳より下の子どもなどがいるとはいえ、単純に今現在日本に住む全住民にファイザー製ワクチンを接種できる分だけの回数は契約していません。少なくとも年内に限っては。で、5月28日の朝日新聞の記事を参考にするとその輸入スケジュールは以下の様なもの。

ファイザー製ワクチン輸入時期>
6月末  :約1億回分(5千万人分)
7~9月 :約7千万回分(3500万人分)
10~12月:約2400万回分(1200万人分)

見ればわかる様に7月からファイザー製ワクチンの輸入量が減少します。そして6月末までに9000万回分くらいのワクチンを使用するので在庫もほぼなし。この供給量について河野氏5月28日の記者会見で以下のように語っています。

自治体の皆様から、6月に入るということで7月以降のワクチンの供給の見通しについて、今後の準備を効率的に進めるためにもできるだけ早く知らせてほしいという声がありました。
(中略)
市区町村がスピードアップをするために、あるいは一般の方、基礎疾患をお持ちの方に移行するために接種会場を新たに設けるという要望もかなり強くあるようでございますので、今までのファイザー社製ワクチンを使った集団接種と会場を明確に分けていただくという条件でモデルナ社製のワクチンを市区町村にも供給してまいりたいと思っております
6月11日を目途に厚労省がモデルナ社製のワクチンを使った集団接種、大規模接種の希望がどれぐらいあるかというのを調査しておりますので、市区町村でご要望があれば、都道府県を通じて手を挙げていただければ、我々としてもしっかり供給してまいりたいと思っております。モデルナ社製のワクチンについては、毎週のご要望の数を、おそらく週ごとにお届けするという形で供給ができるのではないかと思っております。

まずワクチンの供給量については透明性を持てばいいだけの話なので早く知らせるとかじゃなくてそういう仕組みを作っておいた方が良いのではと。それとファイザー製ワクチンの供給量が鈍化することは確実なのですが、それを補うためにモデルナ製を市町村にも供給したいと語っていますが、ただスピードアップという論理はちょっとおかしくて単純に減少分を補うためには使うんですよね、と。市区町村の要望があればとも書いてありますが、モデルナ製がなければファイザー製は物理的に数が減る。ここら辺は国と自治体でどの様にワクチン接種の構想を練っていたのかのズレが生じている可能性はあるような。ファイザー製だけで計画を練っていた自治体は確実に有ったであろう反面、国はファイザー製だけでは足らない事は認識していたはずですから。そして同日の会見では以下の様な質問と答え。

(問)ファイザー社製のワクチンを7000万回分、3か月で12週間換算すると、2週間当たり約1万箱の配送になると思います。大型連休以降は、1万3000箱以上安定的に供給されてきたと思います。一転減少する形になりますが、このあたりをどのように分析されているかお伺いします
(答)ファイザー社製のワクチンに加えて、モデルナ社製のワクチンが入ってまいりますので、量的にはしっかり維持していきたいと思っております。具体的なスケジュールは今、交渉しているところです。
(問)確認ですが、そうしますと7月5日以降の供給量自体は、トータルではモデルナ社製のワクチンと合わせれば減少しないという理解でよろしいでしょうか。
(答)減少しないように、供給量がダウンしないように我々もしっかり調整していきたいと思っています

つまりは5月28日のこの会見にある調整がNHK記事にある6月15日時点でまだついていないという事かなと。それは6月11日の記者会見でもちょっとうかがえます。

モデルナ社製ワクチンによる集団接種、大規模接種、職域接種をお願いしてございますが、自治体からこれまでファイザー社製ワクチンで集団接種を行っていたが、ワクチンをモデルナ社製ワクチンに転換したいというご要望をいただいております。(中略)ファイザー社製ワクチンでないと小分けができないということから、かかりつけ医にファイザー社製ワクチンを分配すると集団接種会場でファイザー社製ワクチンが足りなくなるのではないかというご心配をいただいております。現時点では、恐らく全ての都道府県にまだファイザー社製ワクチンの在庫がかなりございますので、県内の融通をしっかりやっていただきたいと思っております。

6月11日を目途にモデルナ製ワクチンを使った接種希望がどれくらいあるのか調査すると5月28日に発言していますが、11日時点でも話は進んでいるがまだ全体像を掴んでいるとは言えない状況かなと。
 モデルナ製はファイザー製とは異なり自治体ごとに接種会場を新たに設けるという仕組みや接種方法なども異なりますから各自治体側はファイザー専用のロジの他にモデルナ専用のロジも新たに構築しなければならず現場は大変なのは想像に難くない。職域接種も始まるし、大規模接種会場もあるし、全体を把握して理解するのも大変。


余談。

接種記録の入力が滞ると、実際は接種が進んでいてもシステム上は当該自治体の在庫が積み上がっているようになる。河野氏は、自治体の中には入力数が1~2桁のケースがあることを明らかにし、「極めてシステムの数値が低い自治体がある。在庫を積み増しても仕方ないという考え方もある」と強調。「あまりに接種が遅いところは、1回クール(配送を)飛ばすこともありうる」と、厳しい対応で臨む姿勢を示した。
接種記録遅い自治体、ワクチン配送見送りも 河野担当相 [新型コロナウイルス]:朝日新聞デジタル

 記者会見のページに15日会見分がまだ上がってないので詳細は分からないですが、上記の話は今回のとは直接関係ないとは思います。ただ記事にある様に単純にシステムが使いづらいんだろうなー、っと。

堺市のワクチン廃棄をテロのせいと断定するにはあまりにも早計

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 堺市のワクチン廃棄に関してテロや事件性を見出している方が散見されたので書いておきます。ネタ元の一つになっているNHKの記事はこちら。

堺区のホテルに設けられた集団接種会場で、10日朝、運営責任者が456回分のワクチンが保管されていた冷蔵庫の電源が切れていることに気付きました。
市は、適切な管理ができなかったとして、すべて廃棄しました。 市によりますと、冷蔵庫は、停電が起きても作動し続けるようにと、現場の担当者が非常用の電源につないでいて、どちらも、9日の接種が終わった際には正常に作動していたということですが、10日朝、確認したところ、非常用電源のスイッチが切れていたということです。
故障はみられず冷蔵庫が置かれた部屋は夜間は施錠されていたということで、市は、当時の状況を詳しく調べるとともに警察にも相談するとしています。
この会場では今月1日にも、冷蔵庫が置かれた部屋の電気のブレーカーが誤って落とされて冷蔵庫の電源が切れ、ワクチン210回分を廃棄するミスが起きています。
堺市 集団接種会場 またワクチン廃棄 冷蔵庫の電源切れる

 時系列的に整理するとこうなります。

6月1日
冷蔵庫がおかれた部屋のブレーカーが誤って落とされ、電源が切れてワクチン廃棄へ
6月10日
非常用電源につないだ冷蔵庫が非常用電源のスイッチが切れていた為にワクチン廃棄へ

以上の様に計2回、別々の理由でワクチン廃棄が発生しています。で、これに対してテロと言ってる方が何人かいてリツイートなどを見ると賛同者はかなりいそうという状況。

堺市の調査と説明

 この件についてはそもそも堺市が調査して説明があるので、それを参考にします。まず1回目、6月1日のブレーカー落とされ案件。

概要・原因
6月2日に、ホテル役員が改めてホテル従業員のうち対象となる者(5月31日17時30分以降ホテル内にいたスタッフ59人)全員に対してヒアリングしたところ、5月31日17時30分にフロントのスタッフが電気を消すために会場内の部屋に入り、誤ってブレーカーを落としたことが判明しました。
 
再発防止策
・これまでも従事者が定期的に冷蔵庫の温度確認を行っていましたが、今後は時間を定め、会場の運営責任者が確認することをルール化します。
・これまでも、会場の運営責任者および施設管理者と連携し、運営しておりましたが、さらなる管理体制の強化を図ります。
 
新型コロナウイルスワクチンの集団接種会場におけるワクチンの廃棄について【6月4日更新】

以上の様に1回目はスタッフの一人が電気を消すためにブレーカーを落とした為であると判明しています。テロではなく従事者への周知徹底が行われていなかった可能性の方が高いです*1

 次は6月10日の2回目の案件。こちらはまだ原因は調査中ですが現在のところは以下の様な説明がなされています。

概要・原因
冷蔵庫の電源が入っていなかった原因は、コンセントが非常用電源に差し替えられており、その非常用電源のスイッチがオンになっていなかったためです。なお、スイッチがなぜオフになっていたかについては現在調査中です
 
経過
6月8日(火曜)午前11時頃
会場に従事していた薬剤師が、コンセントを非常用電源に差し替える。会場を点検していた市職員が、「コンセントが差し替えられた」ことを会場の運営責任者に伝達しようとするが、伝達できなかった。その後、伝達することを失念
6月8日(火曜)午後5時00分
冷蔵庫が正常に作動していることを確認
6月9日(水曜)午後4時35分
冷蔵庫が正常に作動していることを確認
6月10日(木曜)午前8時30分
会場の運営責任者が冷蔵庫から薬液を取り出そうとしたところ、庫内温度が高いことに気づく。
 
再発防止策
・原因が判明し、対策が完了するまでの当分の間、ワクチンを直接配送します。
・確実に報告・連絡を行うため、場内スタッフのそれぞれの役割分担を明確にします。
・接種事故防止のため、堺市医師会と連携し、確実な事故防止策を取りまとめます。
 
新型コロナウイルスワクチンの集団接種会場におけるワクチン廃棄について

2回目の説明は以上の通り。誰が非常用電源をオフにしたのかという直接的な原因はまだ調査中の為に記述されていませんが、間接的な原因は「経過」にある市職員が運営責任者に伝達してなかったという伝達ミスの可能性が高いでしょう。少なくともテロ、事件性よりも俄然高い。あと堺市はワクチン 供給量の増加によって集団接種会場を設けるようにしたんですが、医師の受付期間は5月21日から。急遽できたこれら接種会場内の集団は情報連絡などが拙い可能性が考えられます。だって集団接種会場のみワクチンを充填しないままの注射器で接種使用済み注射器接種などのミスが発生してますから(ワクチン廃棄と注射器ミスは別会場での出来事)。

 警察に相談という文言は確かに記事にもありますし実際に相談自体はしていると思いますが、1回目にしても2回目にしても堺市の調査からは事件性を感じるものではなく現場の連絡ミスのほうが蓋然性が高い。ましてやテロという発想に至るのは少々御発想が豊かですね、と。あと堺市公式HPに説明があるのだからそっち読んでから想像したほうが良くない?

*1:その従業員が反ワクチン思想で~、とかを言い出したらキリがないので言及しません。電気を消す=ブレーカー落としが日常業務ならば全然あり得るミスですし。

2021年6月7日に「半島結び」という概念が生まれた

togetter.com

 というまとめがあってその中に「半島結び」という概念が語られてました。まとめの中ではこの結びは「片花結び」と言われています。ただそれは置いといて、この「半島結び」なる概念、6月7日前にはおそらく存在しません

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以上の様にツイッターで検索すると今回の件が話題になる前には「半島結び」という単語は引っかからず、またグーグルに関しても同様で「半島結び」を期間指定でこの話題以前で検索しても引っ掛かりません*1。ちなみにこの「半島結び」という概念は6月7日午後2:31の以下のツイートが初で発。

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この方自身が何故「半島結び」と名付けたのかまでは謎です。ただこれが若干界隈で受けます。で、その中の一人がハッシュタグをつけてツイートを連投します。

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上記のアカウントのツイートはバズってる様子はないものの数十回もこのハッシュタグをつけたツイートをしてます。かなりしつこい。
 全体的にバズったツイートはほぼなく使ってる人間も少ないので今後この概念が広まるかは分かりませんが、過去に類例があるので記録しておきます。

*1:正しく言うと引っかかるけど、今回の件が誤って検索に引っかかるだけ。

尾身茂氏はクメール・ルージュとは直接停戦交渉はしていないと思うのだけど

クメール・ルージュとの停戦交渉に比べれば、日本の政治家と話すのは簡単ですよね…

 というツイートがあったのですが、これについて少し。まずバズってますね。togetterで「「日本の政治家と話すほうが簡単だろうな」尾身茂会長はワクチン接種のためフィリピンやカンボジアで交渉を行い当事者に『停戦協定』を結ばせることに成功していた」という題名でまとめられてますし。で、医師の中にはこんな反応をしている方もいる。

 まず第一にですが、この尾身茂著『WHOをゆく』を読む限りクメール・ルージュポル・ポト派)については尾身氏自体は交渉していないと考えられます。

フィリピンでは(略)当時のラモス大統領に依頼したところ、「停戦協定」が結ばれ、期間中は武器を置いて、子どもたちにワクチン接種を行うことが可能となった。同様のことが、クメール・ルージュとの紛争中のカンボジアでも実施された。

以上の文章を読む限りはフィリピンについては大統領に依頼したのは尾身氏であると受け取れますが、カンボジアに関しては尾身氏自身の交渉ではなくフィリピンと同様の停戦協定が実施された、と捉える方が文章的には自然でしょう。尾身氏の文章では誰がカンボジアにおける停戦交渉をしたのかは分かりません。

当時の新聞から振り返る

 三大紙のデータベースを調べると朝日新聞のみ94年近辺の尾身茂氏の行動が時折記されているのでここに引用します*1

カギ握るカンボジア ポリオ撲滅めざす西太平洋
(略)最も有効な手段は、全国一斉に乳幼児に予防接種することで、(略)ほかの各国でも今年三月までに、それぞれ二回ずつの一斉予防接種日を設けることしている。
 ところが、カンボジアでは二月に予防接種を行うものの、プノンペンと近郊だけ。三月にも予防接種を予定しているが、全国一斉に行うにはワクチンの購入と人件費に約五千万円必要で、まだ資金のあてはない。
 このほどカンボジア当局者との会合のために訪れたWHOの尾身茂医師は「巨大な人口を抱える中国でもめどは立った。九五年根絶の目標を達成できるかどうかはカンボジアしだいだ」と話している。
朝日新聞 朝刊 1994.1.20

記事中にあるカンボジア当局者ですがポル・ポト派ではなく当時の政府であるラナリット第一首相(フンシンペック党)、フン・セン第二首相(人民党:旧プノンペン政権)の2人首相制連立政権と考えるのが妥当でしょう。なおポリオワクチンの投与はこの記事では94年2月と読めますが、尾身茂氏も関わっている論文「ポリオ根絶構想とAFPサベーランス」では95年2月に一斉投与が始まったとしています。素直に読めば94年2月は一部地域、そして全国一斉のワクチンが95年2月という事でしょう。
 次に当時のクメール・ルージュについては同時期にこの様な記事が存在します。

関心の持続必要 カンボジア新国家発足1年 今川大使インタビュー
ポル・ポト派の現状は?
 チア・シム議長はごく最近、実勢力として戦闘要員三千、家族や後方支援を含む非戦闘要員一万、計一万三千という数字を私に示した。多くて二万だろう。カンボジアの人口は今九百万だから、一%にも満たない。中核は三千程度だとされる。数住人単位で村を襲ったり、強盗集団化している。かつては、タイとの国境地帯に近い数カ所に固まっていたが、半年ほど前から各地に分散している。
 このままだと、十一月以降の乾季から来年四月ごろまでが決戦になる。(略)政府軍は今は一番の頼りの米国のほか、豪州や仏などからも軍事援助を得たいと考えている。(略)
 ポト派は何とか有利な条件を得てまた政治集団化したいのだと思う。軍事的対決が強まると、誘拐などの事件がふえる危険もある。対話が芽生えてほしい。
朝日新聞 朝刊 1994.9.20

ワクチンの接種が始まったであろう94~95年のクメール・ルージュは当然ですが全盛期とは程遠い勢力であり、例えば知念氏が想定していそうな「文字通り皆殺しにした危険極まりない組織」というのは確かにあった過去であるものの、しかしそれは最早当時でも過去の事であると考えた方が良いと考えます*2。この頃のポル・ポト派は1993年のカンボジア国民議会選挙に参加しておらず、新政権と戦い続けていた状況。新聞記事を読む限りは強盗集団化したりと厄介な武装政治勢力であり、それはUNTAC特別代表としてカンボジアにいた明石康氏が『「独裁者」との交渉術』でも伺い知れます。ただしそれを継続的に激しい戦闘が続く内戦状態というまでかというと同明石氏の『カンボジアPKO日記』に目を通す限り少々疑問です*3。とはいえ緊張感のある政情であったことは確かで全国一斉ワクチン投与という話になるならば彼らにも話を通さなければ無理だったは考えます。
 ですので、この当時のクメール・ルージュを「あの」クメール・ルージュポル・ポト派)という様な扱いをするのは過大評価でしょうし、それとは逆に全く勢力としては死んでいたという様な言説も過小評価といえるのではと。95年2月の全国一斉ワクチン投与期はポル・ポト派の末期であることは確かでしょうが、とはいえ当時のカンボジア内で一定程度の政治勢力であったことは確かでしょう。
 さて新聞記事を貼るのはこれで最後にしますが、少し時が飛んで2000年の新聞記事をば。

西太平洋地域のポリオ、WHO京都会議で根絶宣言へ
 政治状況もNID(※引用者注:全国一斉ワクチンデー)を阻んだ。武力紛争が続いていたフィリピンでは、WHO西太平洋地域の尾身茂事務局長が双方に働きかけ、九十三年にポリオのための「一日停戦」を実現させた。一人っ子政策下の中国政府が「いないはず」とする第二子以降の子どもたちにもワクチンを飲ませるよう、中国政府を説得した。尾身局長は「微妙な問題でしたが、これはクリアできないと根絶はできなかった」と振り返る。
朝日新聞 朝刊 2000.10.21

西太平洋地域のポリオ撲滅宣言記事の中で尾身氏の功績について触れている箇所ですが、カンボジアで停戦を実現させたとは書いていません。また引用まではしませんが朝日新聞夕刊1998.6.18「ポリオ根絶(窓・論説委員室から)」においても尾身氏の苦労話を聞いた書き手がメコンデルタ、中国の話は触れていますがカンボジアの話はしていません。これらの記事でフィリピン*4ベトナム*5、中国政府での行動が記されている以上、尾身氏がカンボジアで停戦を実現させたのならばここにそれが書かれてもなんらおかしくなく、翻ってその記述がないということは尾身氏の『WHOをゆく』の記述の様に尾身氏が行ったのはフィリピンの一日停戦であり、カンボジアはそれに倣った、若しくはポリオ撲滅のために組織内ですべきとされていた行動と見た方がよさげです。少なくとも尾身氏と記者の会話の中でカンボジアについてはそこまで大きな事柄でなかったのは確かでしょう。なおここではカンボジアについて現在ツイートされているような特筆すべきネゴシエーションがなかったであろうという話であり、確認できる尾身氏自身の行動については政府担当者を説いて回り出張ばかりだったという記事(読売新聞 2000.12.18)も存在しており、ことポリオ根絶については大きな役割を担った事は確かでしょう。

カンボジア国内の記事から

 プノンペンポストというカンボジアの英字新聞に当時の記事をアーカイブ化したものが読めます。例えば「Polio vaccine for all(1995.2.24)」。これは第1回目のNIDについての記事ですが、クメール支配地域外を除く地域で接種が行われたようで停戦についての話はこれ以外の記事でも見受けられません
 またこちらはThe CAMBODIA DAILYというサイトですが、カンボジアで最後のポリオ感染者という少女についての記事「Girl May Be Cambodia’s Last Polio Victim(2001.4.5)」において、同国の根絶のための歩みが記述されていますが停戦については触れられていません。ついでに尾身氏の名前もなく、あるのはWHOのカンボジア予防接種プログラムの技術責任者のKeith Feldon氏です。当然と言えば当然なんですが尾身氏の名前を過大に評価することはこうした現場で動いた方々の功績の剽窃にもなりかねないので注意が必要かなと。
 軽く探しただけだと上記の二つのサイトがありプノンペンポストの方では複数記事があるけれど、少なくともクメール・ルージュがポリオワクチンの障害になっているという記事はなく、停戦という様な内容もなさそう。これらを見る限り大々的な、歴史に残るような「停戦」はなかったであろうかなと。また1995年の第1回NIDについてはクメール・ルージュの支配地域外のみしか接種が行われていない記述がある事からも「尾身茂がクメール・ルージュと停戦交渉した」は事実に反する可能性が非常に高いと考えます

 尾身氏が西太平洋地域のポリオ根絶に尽力したのは本当でしょうけど、カンボジアの件は針小棒大の「尾身茂スゴイ!」的で、正直反応としてはチョロい気がする。時代が違い、勢力が違う。歴史認識って大事。



■お布施用ページ

note.com

*1:読売、毎日はポリオ撲滅後に記事にされる程度であり、朝日はポリオ撲滅に取り組んでいるあたりから尾身氏の記事が見受けられます

*2:実際の当時の組織内の思想性までは分かりようがありませんが。

*3:明石氏の滞在期間は93年までなのでワクチン全国一斉投与のあった95年2月は状況が若干異なります。ただしこの時間の経過は状況の悪化よりも、その後のポル・ポト派の衰退を考えるならば状況はやや良くなっている可能性のほうが高いかなと。

*4:尾身茂氏はフィリピンのマニラにあるWHO西太平洋事務局に出向

*5:ベトナム国保健省ホーチミン市パスッール研究所にも所属

厚労省にPCR検査抑制についての資料を開示請求したら不開示請求でした

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 志位和夫氏が4月に以上の様なツイートをしてたわけです。この資料が本当ならば志位氏が書いている通り「検査を広げると医療崩壊」という類の資料と言われても致し方ないでしょう*1
 で、興味本位で上記のツイートを提示して開示請求してみました。そしてまず戻ってきたのが以下の様な開示延長の通知。

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3 延長の理由
新型コロナウイルス等、審査と並行して処理すべきその他の事務が著しく多忙であり

以上の理由で開示延長。そしてこの延長後の期間が過ぎ去り、また以下の様な通知が我が家に参りました。

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2 不開示とした理由
上記の文書については、審議、検討又は協議に関する情報であって、公にすることにより、率直な意見の交換又は意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ及び不当に国民の間に混乱を生じさせるおそれがあるものであり(略)不開示とした。

 志位和夫氏がツイッターにあげていた文書は不当に国民の間に混乱を生じさせるおそれがある文書だったらしいです。そんな文書ならば実物を見たかった。再度の審査請求をするほどの文書であるかは悩ましいのですが、それはともかく何はともあれ残念極まりない。

*1:ちなみに検査抑制については東京新聞2020年10月11日に"「PCRが受けられない」訴えの裏で… 厚労省は抑制に奔走していた:東京新聞 TOKYO Web"という記事もあります。ご興味があればどうぞ。

日本で行方不明児童が増加しているのは中国人による臓器売買の影響とは言えない

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 というデマゴーグアカウントのツイートがありました。リンクされてる記事の方は2021年5月16日のまとめサイト「ツイッ速!」の記事”日本で行方不明になる子供が増加 中国人に誘拐され臓器売買されてる(画像あり)”というものであり、その内容は以下の様なもの。

1: リバースパワースラム(SB-iPhone) [ニダ] 2021/05/16(日) 11:23:43.12 id:Sr9UPNRs0● BE:144189134-2BP(2000)
sssp://img.5ch.net/ico/nida.gif 2020年7月8日に、静岡県の道路上で、10代の女子小学生を車で連れ去ろうとした中国籍の女性(44)が逮捕されました。
真偽は不明ですが、中国では子供が誘拐されて、人身売買や臓器売買に使われる事件が後を絶たないと言われていて、年間20万人もの子供が行方不明になっているとも言われています。
今回静岡県で子供を誘拐しようとした中国籍の女性が逮捕されましたが、日本でも9歳以下の子供の行方不明者が年々増加していて、アプリ「TikTok」から中国が家族構成や居住場所等の情報が盗まれていて、人身売買や臓器売買に関係している可能性が指摘がされています。
今回の事件から中国籍の女性が犯罪シンジケートに係わっていないか等、徹底的な捜査が求められそうです。

さらにこの書き込みにある記事自体は「SOCOMの隠れ家」という個人ブログのものであり、その記事”日本で行方不明になる児童が増加中!「TikTok」から中国に個人情報が盗まれ臓器売買されてるという指摘も”は2020年7月14日のもの。で、この記事のネタ元は以下のツイッターユーザーの書き込みが発端です。

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 さて長々と前置きを書きましたが、以上の様な扇動的な内容のものが結構な数をRTされていたので指摘しておきます。
 まず第一に、というかこれが全てですがこの話は徹頭徹尾根拠レスの個人の感想です。一番最初に引用した記事の様な文章は「こたママ」氏のツイートを受けた「SOCOMの隠れ家」が書いたものですが、こたママ氏のツイート内容は中国国籍の女性が小学生を誘拐しようとした事件と単純なデータの変化を強引に結び付けたものであり、誘拐未遂事件の動機も記事には書かれていません。ちなみにこのこたママ氏のTLを見る限りは中共を大層嫌ってそう。ツイートでは自分の文章と記事のリンクを貼りながらも、直接中国人のせいだとは言ってないのはある意味「上手い」ツイートかもしれない。そして扇情的な「臓器売買」については更に根拠のないツイート(現在アカウント削除済みで「SOCOMの隠れ家」にその痕跡だけが残っている)や世界的に存在する子どもの誘拐における臓器売買と結び付けてのものですが、それをもって中国国籍-誘拐-臓器売買を繋げるのは根拠薄弱です*1
 で、このデマゴーグを流れにすると以下の様なもの。

1)実際の事件が起こる(今回は中国国籍の人間が関与)
  ↓
2)悪意ある人間が事件と関係のない「憶測」をして煽る
  今回はデータを添えて説得力を増させる
  ↓
3)それを受けてか「臓器売買」というさらに根拠のない憶測がツイートされる
  ↓
4)個人ブログがそれらを記事化して体裁を整える
  ↓
5)ブログ記事が掲示板に書き込まれる
  ↓
6)まとめブログがまとめ記事化
  その際に「(画像有り)」として題名だけだと事実と見せかける
  なお事件の画像だが題名にあるような画像ではない
  ↓
7)デマゴーグアカウントがツイートしてさらに拡散

 他の案件だと事件~ツイート~まとめサイトにすぐ行く場合もありますが、今回はそれなりの時間が経過した後に再度デマが広がったというものです。黒瀬深氏は「こういう事をもっと報道するのが報道機関の役目」とか言ってますが、根拠のない個人の憶測を報道するのは報道機関の役目ではありません。その役目を担ってるのは黒瀬氏の様なデマゴーグアカウントだけです。

児童の行方不明者の状況について

 さて発端のこたママ氏はソースとして「平成30年における行方不明者の状況について」を挙げており、それ自体はとてもいいことです。ですが同資料の中にある「行方不明者数の原因・動機別割合(年齢層別)」を貼っていないのは少々恣意的と言われても致し方ない。

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児童(0~9歳)で多いのは家庭関係。「誘拐」などの犯罪を思わせる項目がないのでいかんともしがたいですが*2、これらの動機を見る限り行方不明数と事件性を単純に直結させるのは止めた方が良いかもしれません。それと警察庁に9歳以下の動機についてここ数年分の資料提供を頼んだところデータをもらい受けました。それによると動機の変遷は以下の様になっています。

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 主に増加しているのは「家庭関係」及び「不詳」となります。不詳についてはその性格上言及は難しいので避けますが、「家庭関係」については探偵業の経験のあるブログ記事に以下の様な指摘があります。

幼い子どもの行方不明者が増えている理由
(略)
同統計結果によると、ほぼ半分近くのケースが家庭関係に起因しているようです。実際小さな子どもの場合は、親の都合の夜逃げに巻き込まれたり、片親の連れ去り事件のパターンが大半です。
(略)
以前であれば、片親の子供の連れ去り問題では、捜索願が出されにくかったり、警察が受理を拒否したりするケースがありました。上記のような社会情勢の変化によって、片親の子供の連れ去り問題も、失踪事件の一つとして認知されるようになっています。それが、9歳以下の子供の失踪事件増加の一因と考えられます。
インフォグラフィックで見る行方不明者問題:失踪者が増え続ける日本と海外諸国との比較

この子供の連れ去り問題は色々と広がりのある話題なもののそれは本題からずれるのでここでは割愛します。ですが上記の指摘の通りであれば行方不明者数の増加そのものにはこの問題がある事は念頭に置いた方が良いかもしれません。この動機の変遷を見ると「不詳」の内容次第で結論が変わる可能性はあるものの、ただ行方不明児童増加=臓器売買の影響というにはかなり苦しい*3

略取誘拐数の推移

 そもそも行方不明ではなく略取誘拐数を見た方が早い気もするので、以下にここ数年の児童の略取誘拐数を貼っておきます。

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この資料を見ると略取誘拐数100件近辺で上下しており、近年は若干増加中といえるかもしれません。さらに「令和元年の刑法犯に関する統計資料」に以下の様なデータが存在します。

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100万人当たりでみた場合、未就学児、その他以外の年齢層で顕著に増加している事が分かります。被害区分は以下の通り。

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以上の様に特に中高生層の未成年略取誘拐が増加しており、これ自体は懸念や詳細にその原因を検証していかなければいけない問題でしょう。ただ「人身売買」はここ数年、認知件数は0で推移しています。

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以上の事からも日本において、少なくとも事件化している人身売買はここ数年発生していません。「臓器売買」というカテゴリがないために、臓器売買=人身売買と単純に直結していいものかまではわかりませんが、人身売買の少なさから見ると臓器売買が増加中とは中々に考えづらいものです。これらの数字を見る限りはまとめ記事にあるような「日本で行方不明になる子供が増加 中国人に誘拐され臓器売買されてる」はデマの類と言って差し支えないでしょう。
 そもそも。本当に臓器売買目的の誘拐が為されれば絶対に、必ず報道されます。これは「宇和島臓器売買事件」、「生体腎移植売買仲介事件」を鑑みれば想像は容易でしょう。特にその臓器が児童からくるものだったらなおさら。心配せずとも事実であれば報道されるものであって、報道されないのは根拠のない話だからです。

中国における誘拐について

■年間行方不明者「20万人」について
 おまけ的なものですが少し書いておきます。まず冒頭の記事で中国では子どもの誘拐が「20万人」とされていますが、実際にはこの数字が正しいかどうかは不明なようです。日本での20万人の拡散元はクローズアップ現代+の「“行方不明児20万人”の衝撃 ~中国 多発する誘拐~」あたりでしょう*4。ただ2018年の文春の記事を見ると中国で1年間に立件される子どもや女性の誘拐事件は約2万件、AFPの記事では2013年の10月までで2万4000人、これらが氷山の一角とはいえ20万はやや多い気がします。なお中国当局が数字を公表していないから生じる問題ですが、20万という数字については中華人民共和国国営新聞のLegal Dailyが出典のこちらの記事(中国語)で公安当局はこの数字は完全に噂だと否定しています。信頼性は各自で判断をば。

■中国における誘拐の理由
 ポピュラーと言って良いのか分かりませんが、AFPの記事を読むと中国において児童が誘拐される理由は子どもに恵まれない夫婦や跡継ぎの男子がいない農家が買い求めるからです。また現在は是正されているとも言いますが誘拐した子どもを孤児院がもらい受けて外国に養子として売るであったり、子どもに物乞いをさせるというパターンもあるとされます。臓器売買が主目的の児童誘拐がないとは断言できない、というよりも「ある」方の可能性が高いでしょう。しかしそれが主原因で蔓延っている、とはいえないと考えます。少なくとも今回の記事にタイトルとして使用するのは中国人嫌悪とまとめサイトのPV稼ぎの為の扇動と捉えた方が良い。金稼ぎの為に感情を良いように弄ばれてる。


 今回の件で言えば未成年者の略取誘拐自体は増加が見受けられるのでその背景にあるものを探っていくのは報道機関の役目ではあるでしょう。しかし、根拠のない個人の偏見に基づく憶測を報道するのは報道機関の役目ではありません。デマアカウントがデマに乗っかって言ってる聞くに値しない戯言です。

*1:子どもの誘拐と臓器売買について有名な国を挙げるとしたらレバノンなどが存在します。これについてはNHKが放映した「レバノンからのSOS」で衝撃ともいえるレベルの放送内容が為されています。

*2:大体「誘拐」がこの「行方不明」資料に換算されるのかも分からない。

*3:脇道ですが警察庁には9歳以下について所在確認等の状況が欲しいと打診したところそのようなデータはないと言われました。これがあるとより行方不明児童の状況が分かってよかったのに残念極まりない。

*4:NHKが根拠レスの数字を使用したのではなく、中国メディアも使用していたので数字を使ったという所でしょう。軽率ではあるかもしれませんが、そこまでの非があるかは微妙。