電脳塵芥

四方山雑記

日本で行方不明児童が増加しているのは中国人による臓器売買の影響とは言えない

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 というデマゴーグアカウントのツイートがありました。リンクされてる記事の方は2021年5月16日のまとめサイト「ツイッ速!」の記事”日本で行方不明になる子供が増加 中国人に誘拐され臓器売買されてる(画像あり)”というものであり、その内容は以下の様なもの。

1: リバースパワースラム(SB-iPhone) [ニダ] 2021/05/16(日) 11:23:43.12 id:Sr9UPNRs0● BE:144189134-2BP(2000)
sssp://img.5ch.net/ico/nida.gif 2020年7月8日に、静岡県の道路上で、10代の女子小学生を車で連れ去ろうとした中国籍の女性(44)が逮捕されました。
真偽は不明ですが、中国では子供が誘拐されて、人身売買や臓器売買に使われる事件が後を絶たないと言われていて、年間20万人もの子供が行方不明になっているとも言われています。
今回静岡県で子供を誘拐しようとした中国籍の女性が逮捕されましたが、日本でも9歳以下の子供の行方不明者が年々増加していて、アプリ「TikTok」から中国が家族構成や居住場所等の情報が盗まれていて、人身売買や臓器売買に関係している可能性が指摘がされています。
今回の事件から中国籍の女性が犯罪シンジケートに係わっていないか等、徹底的な捜査が求められそうです。

さらにこの書き込みにある記事自体は「SOCOMの隠れ家」という個人ブログのものであり、その記事”日本で行方不明になる児童が増加中!「TikTok」から中国に個人情報が盗まれ臓器売買されてるという指摘も”は2020年7月14日のもの。で、この記事のネタ元は以下のツイッターユーザーの書き込みが発端です。

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 さて長々と前置きを書きましたが、以上の様な扇動的な内容のものが結構な数をRTされていたので指摘しておきます。
 まず第一に、というかこれが全てですがこの話は徹頭徹尾根拠レスの個人の感想です。一番最初に引用した記事の様な文章は「こたママ」氏のツイートを受けた「SOCOMの隠れ家」が書いたものですが、こたママ氏のツイート内容は中国国籍の女性が小学生を誘拐しようとした事件と単純なデータの変化を強引に結び付けたものであり、誘拐未遂事件の動機も記事には書かれていません。ちなみにこのこたママ氏のTLを見る限りは中共を大層嫌ってそう。ツイートでは自分の文章と記事のリンクを貼りながらも、直接中国人のせいだとは言ってないのはある意味「上手い」ツイートかもしれない。そして扇情的な「臓器売買」については更に根拠のないツイート(現在アカウント削除済みで「SOCOMの隠れ家」にその痕跡だけが残っている)や世界的に存在する子どもの誘拐における臓器売買と結び付けてのものですが、それをもって中国国籍-誘拐-臓器売買を繋げるのは根拠薄弱です*1
 で、このデマゴーグを流れにすると以下の様なもの。

1)実際の事件が起こる(今回は中国国籍の人間が関与)
  ↓
2)悪意ある人間が事件と関係のない「憶測」をして煽る
  今回はデータを添えて説得力を増させる
  ↓
3)それを受けてか「臓器売買」というさらに根拠のない憶測がツイートされる
  ↓
4)個人ブログがそれらを記事化して体裁を整える
  ↓
5)ブログ記事が掲示板に書き込まれる
  ↓
6)まとめブログがまとめ記事化
  その際に「(画像有り)」として題名だけだと事実と見せかける
  なお事件の画像だが題名にあるような画像ではない
  ↓
7)デマゴーグアカウントがツイートしてさらに拡散

 他の案件だと事件~ツイート~まとめサイトにすぐ行く場合もありますが、今回はそれなりの時間が経過した後に再度デマが広がったというものです。黒瀬深氏は「こういう事をもっと報道するのが報道機関の役目」とか言ってますが、根拠のない個人の憶測を報道するのは報道機関の役目ではありません。その役目を担ってるのは黒瀬氏の様なデマゴーグアカウントだけです。

児童の行方不明者の状況について

 さて発端のこたママ氏はソースとして「平成30年における行方不明者の状況について」を挙げており、それ自体はとてもいいことです。ですが同資料の中にある「行方不明者数の原因・動機別割合(年齢層別)」を貼っていないのは少々恣意的と言われても致し方ない。

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児童(0~9歳)で多いのは家庭関係。「誘拐」などの犯罪を思わせる項目がないのでいかんともしがたいですが*2、これらの動機を見る限り行方不明数と事件性を単純に直結させるのは止めた方が良いかもしれません。それと警察庁に9歳以下の動機についてここ数年分の資料提供を頼んだところデータをもらい受けました。それによると動機の変遷は以下の様になっています。

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 主に増加しているのは「家庭関係」及び「不詳」となります。不詳についてはその性格上言及は難しいので避けますが、「家庭関係」については探偵業の経験のあるブログ記事に以下の様な指摘があります。

幼い子どもの行方不明者が増えている理由
(略)
同統計結果によると、ほぼ半分近くのケースが家庭関係に起因しているようです。実際小さな子どもの場合は、親の都合の夜逃げに巻き込まれたり、片親の連れ去り事件のパターンが大半です。
(略)
以前であれば、片親の子供の連れ去り問題では、捜索願が出されにくかったり、警察が受理を拒否したりするケースがありました。上記のような社会情勢の変化によって、片親の子供の連れ去り問題も、失踪事件の一つとして認知されるようになっています。それが、9歳以下の子供の失踪事件増加の一因と考えられます。
インフォグラフィックで見る行方不明者問題:失踪者が増え続ける日本と海外諸国との比較

この子供の連れ去り問題は色々と広がりのある話題なもののそれは本題からずれるのでここでは割愛します。ですが上記の指摘の通りであれば行方不明者数の増加そのものにはこの問題がある事は念頭に置いた方が良いかもしれません。この動機の変遷を見ると「不詳」の内容次第で結論が変わる可能性はあるものの、ただ行方不明児童増加=臓器売買の影響というにはかなり苦しい*3

略取誘拐数の推移

 そもそも行方不明ではなく略取誘拐数を見た方が早い気もするので、以下にここ数年の児童の略取誘拐数を貼っておきます。

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この資料を見ると略取誘拐数100件近辺で上下しており、近年は若干増加中といえるかもしれません。さらに「令和元年の刑法犯に関する統計資料」に以下の様なデータが存在します。

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100万人当たりでみた場合、未就学児、その他以外の年齢層で顕著に増加している事が分かります。被害区分は以下の通り。

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以上の様に特に中高生層の未成年略取誘拐が増加しており、これ自体は懸念や詳細にその原因を検証していかなければいけない問題でしょう。ただ「人身売買」はここ数年、認知件数は0で推移しています。

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以上の事からも日本において、少なくとも事件化している人身売買はここ数年発生していません。「臓器売買」というカテゴリがないために、臓器売買=人身売買と単純に直結していいものかまではわかりませんが、人身売買の少なさから見ると臓器売買が増加中とは中々に考えづらいものです。これらの数字を見る限りはまとめ記事にあるような「日本で行方不明になる子供が増加 中国人に誘拐され臓器売買されてる」はデマの類と言って差し支えないでしょう。
 そもそも。本当に臓器売買目的の誘拐が為されれば絶対に、必ず報道されます。これは「宇和島臓器売買事件」、「生体腎移植売買仲介事件」を鑑みれば想像は容易でしょう。特にその臓器が児童からくるものだったらなおさら。心配せずとも事実であれば報道されるものであって、報道されないのは根拠のない話だからです。

中国における誘拐について

■年間行方不明者「20万人」について
 おまけ的なものですが少し書いておきます。まず冒頭の記事で中国では子どもの誘拐が「20万人」とされていますが、実際にはこの数字が正しいかどうかは不明なようです。日本での20万人の拡散元はクローズアップ現代+の「“行方不明児20万人”の衝撃 ~中国 多発する誘拐~」あたりでしょう*4。ただ2018年の文春の記事を見ると中国で1年間に立件される子どもや女性の誘拐事件は約2万件、AFPの記事では2013年の10月までで2万4000人、これらが氷山の一角とはいえ20万はやや多い気がします。なお中国当局が数字を公表していないから生じる問題ですが、20万という数字については中華人民共和国国営新聞のLegal Dailyが出典のこちらの記事(中国語)で公安当局はこの数字は完全に噂だと否定しています。信頼性は各自で判断をば。

■中国における誘拐の理由
 ポピュラーと言って良いのか分かりませんが、AFPの記事を読むと中国において児童が誘拐される理由は子どもに恵まれない夫婦や跡継ぎの男子がいない農家が買い求めるからです。また現在は是正されているとも言いますが誘拐した子どもを孤児院がもらい受けて外国に養子として売るであったり、子どもに物乞いをさせるというパターンもあるとされます。臓器売買が主目的の児童誘拐がないとは断言できない、というよりも「ある」方の可能性が高いでしょう。しかしそれが主原因で蔓延っている、とはいえないと考えます。少なくとも今回の記事にタイトルとして使用するのは中国人嫌悪とまとめサイトのPV稼ぎの為の扇動と捉えた方が良い。金稼ぎの為に感情を良いように弄ばれてる。


 今回の件で言えば未成年者の略取誘拐自体は増加が見受けられるのでその背景にあるものを探っていくのは報道機関の役目ではあるでしょう。しかし、根拠のない個人の偏見に基づく憶測を報道するのは報道機関の役目ではありません。デマアカウントがデマに乗っかって言ってる聞くに値しない戯言です。

*1:子どもの誘拐と臓器売買について有名な国を挙げるとしたらレバノンなどが存在します。これについてはNHKが放映した「レバノンからのSOS」で衝撃ともいえるレベルの放送内容が為されています。

*2:大体「誘拐」がこの「行方不明」資料に換算されるのかも分からない。

*3:脇道ですが警察庁には9歳以下について所在確認等の状況が欲しいと打診したところそのようなデータはないと言われました。これがあるとより行方不明児童の状況が分かってよかったのに残念極まりない。

*4:NHKが根拠レスの数字を使用したのではなく、中国メディアも使用していたので数字を使ったという所でしょう。軽率ではあるかもしれませんが、そこまでの非があるかは微妙。