電脳塵芥

四方山雑記

民主党政権時の自殺数について

 ツイッターであまり拡散されてはいなかったものの民主党政権時は自殺数が多かったというツイートを見て、中には「毎日人身事故で電車が止まっていた日々を覚えていないのか」みたいなことまで書いてあったので、民主党政権時やその前の時分の自殺数についての話を。ただ細かい話に入る前にですが、毎日人身事故で電車が止まっていた記憶までは流石にない*1

自殺数の推移について

 自殺者数については警察庁HPから確認可能です。そして1978年から2019年までの自殺者数の推移は以下の通り。

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民主党政権は2009年(H21)の9月から。グラフを見ればわかる様に民主党政権とその後の自民党安倍政権とを比較すれば民主党政権は自殺者数が相対的に高いものの民主党政権前の自民党政権時の方から数値は安定しており、多さで言うならば2003年が一番高い数字になります。そして民主党政権の2009年から自殺数が減少に転じます。民主党政権時における自殺者数が安倍政権時より高かったのは事実ですが、あたかも民主党政権時に自殺者数が増えていたかのような論旨は的外れです。

自殺原因の推移について

 厚労省の出している自殺対策白書には「自殺の原因・動機別の自殺者数の推移」というものがあり、それによれば動機の推移は次の通り。

f:id:nou_yunyun:20201229175410p:plain ※2007年より自殺の原因・動機は自殺者一人につき3つまでとなっています。
出典:https://www.mhlw.go.jp/content/r2h-1-5.pdf

2007年に原因上位二つとなる「健康問題」、「経済・生活問題」*2が2009年から目に見えて減少に転じていることが分かり、経済・生活問題に関しては色々と言われてはいるものの安倍政権下における経済状況が反映されていると考えて良いでしょう。ただこれは安倍政権になって経済状況が好転して減少に転じたわけではなく、これまた民主党政権時から減少傾向です。それをもう少し分かりやすくグラフにしてみると次の通り。

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安倍政権後にも健康問題は順調に減少していることは分かりますが、経済・生活問題はそれに比べれば緩やかであり、減少幅だけで言えば民主党政権期の方が多いといえます。もちろんある程度減少すればやがて減少幅は鈍るでしょうが、とはいえ殊更に経済問題で民主党政権時に自殺者が多かったというのは批判としては筋が悪い。

国の自殺対策について

 経済が良ければ自殺者数が減少するというのも要因としてあると考えもしますが、当然ながら経済対策そのものは自殺対策ではありませんし、国としての自殺対策は別個に存在します。それらについては厚労省自殺対策HP自殺対策白書を参考にすると良いかと。直近の自殺対策については令和2年度自殺対策白書の「令和元年度の自殺対策の実施状況」を参考にすると良いかと思いますが、少し見ればわかる様に幅広く対策を立てていることが分かります。
 これらの情報見ると現今の自殺対策は2006年の自殺対策基本法が公布が大きな転換点となっていることが分かり、そして大綱も存在して2007年第一次大綱、2012年第二次大綱、2017年第三次大綱と継続的に大綱も見直されています。また、平成28年(2016年)自殺対策白書の「自殺対策の10年とこれから」には以下の様な記述が存在します。

ウ いのちを守る自殺対策緊急プラン
平成21年11月27日、年間の自殺者数が12年連続で3万人を超えることが判明したことから、自殺対策を担当する内閣府政務三役と内閣府本府参与からなる「自殺対策緊急戦略チーム」は、「自殺対策100日プラン」を取りまとめ、その中で、政府として取り組むべき「中期的な視点に立った施策」に関する提言を行った。
(中略)
政府全体の意識を改革し、一丸となって自殺対策の緊急的な強化を図るため、平成22年2月5日、自殺総合対策会議において、「いのちを守る自殺対策緊急プラン」が決定された。
(中略)
「いのちを守る自殺対策緊急プラン」の策定を受け、各府省において具体的な取組が推進されたが、中でも、プラン策定翌月の3月には、内閣府が中心となって、初めての自殺対策強化月間が実施され、集中的な広報啓発活動が展開された。具体的には、「睡眠キャンペーン」の実施、「自殺対策強化のための基礎資料」の公表、ハローワーク等での対面型相談支援(総合相談会)の実施等が行われた。

上記は平成21年11月、つまりは2009年の民主党政権以降の話です。12年連続3万人越えという数字に対して対策を行ってそれらを行動に移したわけですが、2010年から自殺者数が減少したことを鑑みれば一定の効果はあった施策と捉えられます。2012年の第二次大綱改定に関しても民主党政権時でありますし、その後の方向性を3年という期間の中である程度形として残したといっても過ちではないでしょう。またこれは自民党(麻生)政権の話ではありますが、同資料では「地域における自殺対策力」として

平成21年度補正予算において100億円の予算を計上し、都道府県に当面3年間の対策に係る「地域自殺対策緊急強化基金」を造成*3

と紹介がある様にかなりの予算規模を自殺対策費として計上している事が分かります。いずれにしても2009年は種々の対策が行われ、その後に減少に転じているわけです。なお、地域自殺対策緊急強化基金については森山花鈴「地域自殺対策緊急強化基金の成立過程」でその過程が描かれていますが、森山はこの基金の影響で自殺者数が減少に転じたとしています。
 安倍政権になってからは割愛しますが、自殺対策白書に記載されてる各年度予算が増えてます。民主党政権時の6倍以上に*4。予算の内訳を調べるのまでは控えたいのでその予算増がどこまで適切かの検証とかはやめときますが、予算額だけ見ると普通は効果があってもそこまでおかしくない。

 以上見てきたように民主党政権時とその後の安倍政権を比較して自殺者数が高かったことは確かであり揺るぎない事実です。しかしながらその自殺者数の減少は民主党政権時から減少しており、そしてその減少原因は自民党麻生政権による「地域自殺対策緊急強化基金」とそのすぐ後の民主党政権の双方による影響が考えられます。こういった事象を考えると悪夢の民主党政権的な言い回しとして自殺者数の多さを語るのは的外れの批判であり、数字は見ても実態は見ていない批判と言わざるを得ません。少なくとも民主党政権は自殺者数を増やしたという事実がありませんし、それでも民主党政権は自殺数が~というのはただ自身のイデオロギーを事実より優先する輩といっても言い過ぎではないかと。

余談

 一部で自殺者数が減ったのは自殺者を変死体(非自殺者)と数えているからだという指摘があります。たとえば以下の様なグラフ。

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まずこのグラフを見ればわかる様にこの陰謀説の主な論点は2006年の変死体数と自殺者数の合計と2015年の合計がほぼほぼ同じ、自殺者数が減ったのは変死体としてカウントしているからだ、というものです*5。ただし比べているのはこの2年のみ。では他の年はどうだったのか。

f:id:nou_yunyun:20210122200432p:plain ※自殺者数は警察庁より
※2015年までの変死体数は公安委員会説明資料平成28年2月25日資料より
※2016年以降は警察庁への問い合わせによって得た資料から記述

変死体(犯罪による死亡の疑いがあるもの)の数値はネット上では公開されていない様なので2016年の数値が確認できずに若干痛し痒しなところはありますが、グラフを見てもわかる様に自殺者数と変死体数の合計は一定ではなく変動しています。つまりはこの時点で自殺者を変死体に計上して少なくなっているという論旨は成立しづらい。

■自殺者における遺書有りの割合
 この変死体云々の話の中には遺書がない自殺は変死体とカウントしているというものもありますが、自殺対策白書の自殺者の原因・動機判断資料で遺書などの割合は見ることが可能で、以下の様な割合になっています。

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※平成30年の白書まではこの割合が書かれていましたが、令和元年から未記載となっているため2017年までの記述になります。

以上の様に自殺者数における遺書の割合は30%中盤で推移しており、自殺者数に占める割合はほぼほぼ一定です。遺書などの資料無しとなるであろう「該当なし」についても2008年以降は25%近辺で安定していますし、遺書がない自殺を変死体とカウントという話は割合変化からは見受けられません。

■変死体数の増加について
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 2013年あたりから数値は安定しているものの、一時期に変死体が増加したことは事実です。ではこれはどのような事が起因しているのか。おそらくとなりますが上記の公安資料にヒントがあります。

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「2 検視官の臨場率」と「3 解剖数」をみると分かりますが、H18年(2006年)を見ると検視官が臨場しない率が11.2%と著しく低く、司法解剖数も少ないことが分かります。死体取扱総数増加と共にこれらの数値が2007年以降に上昇に転じるとともに変死体数も増加を見せています。途中から検視官の臨場率と変死体数の増加の関係は崩れますが、この検視体制の強化は2007年の相撲力士の暴行死の見逃しを契機として全国の検視官の数を増員したものとなり*6、変死体は「犯罪による死亡の疑いがあるもの」というものですから、この検視体制強化が変死体数増加につながったとしても何らおかしくはありません。
 自殺者数減少は変死体数に置き換えているからだ、というのはデマの類、陰謀論の類といっても差し支えないかと。流布されているグラフは合わせて同数に見えるところを提示しただけの最低な部類の比較グラフですし*7変死体数が増える理由も存在しています。変死体の中に自殺者がいる可能性はあるとは思いますが、それは自殺者数を少なく見せるためではなく遺書などがなくて判断がつきかねるものとかでしょう。

 適当な事、言いふらさないで。

*1:令和2年 自殺対策白書によれば鉄道線路内で自殺した人間は2009年に622人、2019年に489名。単純に考えれば現在でも1日に1人以上は鉄道線路内で亡くなっており毎日人身事故で電車が止まっているといえる。

*2:なおこれらの要因はさらに細分化されたものが上記警察庁サイトの各年の資料から確認可能です。

*3:詳細については「 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/saimu/kondankai/dai01/siryou06_3.pdf] を参照のこと

*4:2010年124億円、2018年798億円。共に各年の自殺対策白書より。2019年以降の白書には予算額が書いてないので白書からは予算不明

*5:ネットを見ていくと元々はWHOが変死体に自殺者も含まれているのではという指摘がもとで、そこからこの話へと派生、日刊ゲンダイや上記のグラフ(このグラフ自体が日刊ゲンダイの記事を受けてのもの)が生まれて今に至る、だと思います。

*6:https://www.news24.jp/articles/2015/02/12/07269111.html

*7:元が日刊ゲンダイ記事の数値をグラフ化したものとはいえ、調べが足りませんでしたね。迂闊。