電脳塵芥

四方山雑記

「入国制限緩和」が新型コロナ陽性者激増の主要因にするのは難しいと思う

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 このグラフが一部で出回っていたり、

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これでも入国を止めないとか日本の政界・官界も相当毒が回っているとしか思えませんね。

という様なツイートであったりと一部界隈ではウイルス検査不要となった入国制限緩和*1が11月ごろからの新型コロナ感染拡大の主要因と言わんばかりの投稿がいくらか散見されます。それについてつらつらと書いていきますが、あくまでも入国制限が【主要因】ではないと「思う」程度の記事であるし、後述しますが空港検疫で陽性者は見つかっていますのでリスクを少しでも低くすることを目指すならそれこそ再び入国制限をするという案自体は全然ありだと考えます。坂東氏のツイートの様な悪感情ありきの論調は論外ですが*2

入国緩和以降の入国者数と陽性者数

 まず入国者数についてはJNTOによる「訪日外客数(2020 年 11 月推計値) 」で確認可能です。

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これによると入国緩和がなされた11月の入国者数は56,700人となり、10月の27,400人からすると倍増と言えるでしょう。仮にこの5万6千人の過半、いや1割でも陽性者であったならば感染を引き起こす主要因と捉えられても致し方ありませんが、しかしこちらに関しては空港検疫による陽性者の数は厚労省HPによって公表されています。それによると11月の空港検疫による陽性者数の数は以下の通り。

【11月の空港検疫による陽性者数】
日本国籍128名
外国籍225名
合計353名

入国者数のうちの陽性者数は0.6%となります。日本全体の11月の陽性者数47,494人*3からすると0.7%。この353名を多いと捉えるか少ないと捉えるかは少し悩ましい面はありますが、陽性者がそれなりにいることそのものは事実です。しかしながらこれらの陽性者は「空港検疫*4」という水際対策によって炙り出されており、国内の感染主要因になるとは言えないでしょう。
 そもそも入国緩和といえども無条件に入国がOKになっているわけではありません。例えば先ほどのJNTO資料にはこのような記述があります。

日本政府は、2020年10月1日から、ビジネス上必要な人材等(順次、留学、家族滞在等のその他の在留資格へも拡大)に限り、原則として全ての国・地域からの新規入国を許可(防疫措置を確約できる受入企業・団体がいることを条件とし、入国者数は限定的な範囲に留める。)している。なお、本対象であっても検疫強化、査証の効力停止等の措置は継続されている。)

という様にビジネス目的に限っての緩和であり、観光目的の様なものでは入国はできない状況と言えます。 また10月からは「レジデンストラック」及び「ビジネストラック」が運用されておりますが、それは以下の様なもの。

「レジデンストラック」とは、入国後14日間の自宅等待機は維持しつつ例外的に日本と相手国間の往来を認める仕組みで、主に駐在員の派遣・交代など、長期滞在者用。「ビジネストラック」とは、「活動計画書」の提出等の条件の下、日本または相手国入国後の14日間の自宅等待機期間中も行動範囲を限定した形でのビジネス活動を認める仕組みで主に短期出張者用。

14日間の自宅待機などが果たしてどれほど守られているかなど疑問の余地はあれど*5、入国者には通常の国内にいる日本人よりも強い行動制限が課せられており、観光の様な自由な行き来を促すような入国緩和でもありません*6

空港検疫について

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 国籍不明者8割についてはさんざん言われている事なので割愛しますが*7、そもそも国籍不明者には日本国籍者も含みます。大半は日本国籍者と考えた方が蓋然性があるのではないかと。そして「外国人はPCR検査なしで入れまくる」とありますが、空港検疫は唾液を使用した抗原検査との事なので*8PCR検査でないのは事実ですが、検査そのものはしています。ただ抗原検査ですと偽陰性が多くなり、この検査体制に問題がないとは言えないでしょうが。それと上陸拒否対象地域に滞在歴のある外国人は入国の際に原則として滞在先の国・地域を出国する前の72時間以内に検査を受けて陰性検査証明を取得する必要があります*9。それでも空港検疫において陽性者が出ている状況ですが、なんの検査もしていない国内旅行者には恐れずに入国前、入国時に検査をしている外国人には恐れるのはちょっとおかしいです。

11月の空港検疫による地域別検査実績

 厚労省の資料に「空港検疫所における滞在国・地域ごとの検査実績(直近4週間)」というものがあります*10。この資料には11/8から12/5の4週間の検査実績が記されています。滞在国別の検査数と陽性者数が記されており大変に参考になります。

【11月の空港検疫検査実績】
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※到着者数*11の多さから順に表示。上記にリンクした資料から作成

4週間の総数を見ていった場合の表の上位20位が以上となります。見てわかる様に中国、ベトナム、韓国、タイなど検査数が著しく低い国がありますが、これが11月からの入国制限緩和(検査不要)による影響です。現在それらの国からの入国者は有症者などを除けば検査は不要となっています。それらの国々をいったん無視すれば陽性者はアメリカが多いことが一目瞭然です*12。またインドネシアの外国籍者が多いことも分かります。
 さて、中国、ベトナム、韓国などに関してはそれなりの入国者数がいるにもかかわらず検査がほぼほぼ不要になっていることから、もしこれらの中に有症者ではない陽性者が多くいれば感染の主要因になっている可能性はあります。しかし検査不要ではない10月時点での空港検疫についても資料は存在しており、それによると10月の中韓越の3か国の検査結果は以下の通りです。

【10月の中韓越の3か国の空港検疫検査結果】 f:id:nou_yunyun:20201223101413j:plain

陽性者そのものは存在しているもののその数がずば抜けて高いかというとそうでもありません。また韓国は日本と同じように11月ごろから感染者数急増となっていますが、中国*13ベトナム*14に限っていえば感染者数は日本と比較して極端に低い状況であって、これらの国々の人間が日本の感染増加の主要因となった可能性はかなり低いと思われます。なお相手国の状況を見極めて入国制限(検査不要)を柔軟にする必要はあるでしょうから現状で韓国の検査を復活するなどという方針も全然有りだと考えます。

Gotoトラベルについて

 空港検疫ついでにGotoの話も記しときます。まず12月25日現在のGotoトラベルの利用実績は以下の通り。

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11月の利用者は1654万人泊、そして合計えは6850万泊となりその数はかなりのものと言っていいでしょう。「人泊」なので単純に1654万人が移動したわけではないものの数百万人レベルの移動があったことは揺るぎないでしょう。またGotoそのものによる移動だけではなくGotoトラベルが政府、メディアで喧伝されることによるアナウンスメント効果も考えられます。要は旅行(移動)をしていいという認識が国民に生じる可能性。で、11月の延べ宿泊者数(速報値)は宿泊旅行統計調査により確認でき、それによると以下のような数値および推移となります。

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11月は速報値で3466万人泊。Gotoトラベルは1645万人ですのでそれ以外の通常の宿泊が1821万人泊となると思われます。宿泊自体は緊急事態宣言解除から伸びているもののやはり7月末のGoto以降から増加傾向。そして11月の外国人宿泊数は約40万人泊、3466万人泊ということを鑑みればその数の圧倒的差から日本人の方がリスク要因になっている可能性は高いと言えるかなと。なお、11月の外国人宿泊数の上位五か国は次の通り。中国92,580人泊、アメリカ89,260人泊、ベトナム40,000人泊、フィリピン17,710人泊、韓国15,960人泊。この数値には入国した人間だけではなく日本在住外国人も含みますが、基本的には到着者数とほぼほぼ変わらない並びです。
 それと旅行先はどこが多いか。10月の数値ですが上位5位の行先は以下の通りです。

【10月の宿泊先都道府県上位5位】
東京都 2,670,360人泊
北海道 2,291,050人泊
大阪府 1,539,860人泊
神奈川県 1,475,920人泊
千葉県 1,361,890人泊

東京も多いですが、北海道も多い。北海道は寒さなども環境的要因もあるでしょうがこれらの多くの人の移動がリスク要因になっていた事は確かであろうし、寒さと移動増大による感染拡大は起きていても不思議はないかなと。

Gotoトラベルの感染者数について

 Gotoトラベルの感染者数は赤羽大臣の会見によれば12月17日時点で5000万人泊のうち309名となっています。東京新聞の記事を見ると11月26時点では202名ですのでこちらもジワジワと数字が上がっているものの全国的な感染増加に比べれば少ないといえるかもしれません。なお、この感染者数ですが赤羽大臣の会見ではカウントの仕方は以下の様になっています。

・参加宿泊施設と旅行業者には、旅行者や従業員の感染が判明した場合には運営事務局を経由して観光庁に報告
・事業者が運営事務局に報告する感染に関する情報は保健所からの連絡によって認知
・具体的には、宿泊中に体調が悪くなった旅行者が宿泊施設のフロントを通じ、保健所に相談。PCR検査を受けて陽性が判明するケースやチェックアウト・帰宅の後に体調が悪くなった旅行者が保健所に相談してPCR検査を受検し陽性判明

文字だと若干分かりづらいので、先ほどの東京新聞にそれを図にしたものがありますのでそちらを引用します。

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感染者がでた場合に保健所が行動履歴を調査、その際にGotoトラベル利用者、若しくは対象施設の従業員であったならばGotoトラベルの感染者にカウントされるというものです。ただこれは保健所の行動履歴調査が積極的に全員に行われている事前提であるものの、当の保健所には疲弊が見受けられる記事が9月の東京新聞都内保健所アンケート 4割超が「調査見直すべき」」というものや調査と対策が追い付かないケースがあることから積極的疫学調査に優先順位、そして行動履歴は14日間ではなく前7日間にするというNHKの報道もあります*15。保健所の疲弊度合いを鑑みればこの309名という数字をそのまま信じていいのかは少し疑問があります。
 それとこのGotoトラベル関連の感染者の調査方法ですとカウントされるのはあくまでもGotoトラベルの「利用者」と「宿泊施設従業員」、「旅行業者」程度になると思います。利用者は宿泊施設のみにいるという事は考えにくく、そのまま飲食店や観光などに出向き、その中には人の多い場所に移動することは考えられますし、その出先で感染させる可能性もありますが、そういう数字はここには入らないかと。
 Gotoトラベルの宿泊施設に関しては観光庁が防止対策の実施状況を調査し、対策が不十分な宿泊施設に対して個別指導をするなど*16、感染拡大防止対策はされていることは確かですが、結局のところ人の移動は感染リスクであることは変わらないので、多数の人の移動を伴うGotoトラベルが感染拡大原因の矛先にあたるのは致し方ありませんし、感染拡大の原因としてのエビデンスがないという政府の対応についても、エビデンスがないのは感染拡大にGotoは関係ないも同様といえます。何が言いたいかというと、感染拡大期には人の移動というリスクを減らすのが穏当なので、Goto停止は致し方ない。というかそもそもGotoトラベルは以前の記事でも書きましたがV字回復、反転攻勢期などの感染収束期に行う予定だったものであって、感染拡大期に行うものではなかったはずです。だのに頑なにそれをやろう、続けようというのは当初の目的との齟齬であるし、柔軟さの欠如は危機対応能力に疑問符がついても致し方ない。

Gotoイートについて

 ついでにGotoイート(10月開始)について。記事が長くなってるのでこっちは短くいきます。まず飲食店向け予約管理システム「ebica」を運営する株式会社エビソルが出しているデータから。

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【Press release 2020-12】【エビソル飲食店予約推移・11月度(11/2〜11/29)】 | 【公式】ebica(エビカ)予約台帳

で、お次は株式会社TableCheckの調査から。

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f:id:nou_yunyun:20201224025523p:plain 2021年狙うべきキーワードは「ハレの日」需要。変容するライフスタイル、プライベート利用増|TableCheckデータ大全リリース 2020-2021

これらを見るとGotoイートによって予約数が劇的に増えたこと、前年比割れはしているものの来店人数に復調傾向が見られることが分かります*17。10月などを見ると来店件数がそのまま新規陽性者数とリンクしているわけではないものの、会食はリスクが高いといえるでしょうからこちらも感染拡大期に進めるべき施策とは言えないでしょうね。


 Goto〇〇がなくても旅行者数は増えていたであろうし飲食店への会食は増えていたはずです。しかしながら自然発生的に起こる行動と政府が政策としてそれを促進するのとでは意味合いが異なります。経済そのものも重要ですが、だらだらと感染が長引けば血はより長く多く流れることになる。このままだと血は当分流れ続けそう。コロナ禍と菅政権、どちらが先に終わるのか。

余談

首相は21日のTBS番組で「(英国は)上陸拒否の対象国になっているので、日本に入って来られるのは日本人で英国に住んでいる方とか、1日1人か2人だ。そこは対応できる。さらに厳しくする方向は当然、英国と交渉する」
野党、首相の「英から来日は1日1~2人」発言の誤認指摘 実際は週15往復便 - 毎日新聞

 英国での新型コロナ変異種が話題になった影響で菅首相がTBSで「英国から日本に来るのは1日1人か2人だ。」と言っていますが、上述した空港検疫の資料の最新版には英国滞在歴の人間がどれくらい日本に入国したのかが分かります。

【12/6-12/12の英国滞在歴を持つ人間の空港検疫数】
日本国籍者:1,066人
陽性検体数:2人
外国籍者 :136 人
陽性検体数:0人

以上のような数字となり、一目瞭然ですが英国滞在歴を持つ人間の空港検疫数は12月6-12日の間で約1200人ほどとなり、英国から日本に来るのは1日1~2人という菅首相の発言は完全に誤っています。というか。英国ほどの国から1日1~2人しか入国しないという状況は普通に考えたらあり得ないわけですが……。完全に入国禁止措置にしてるならまだしも。陽性者が1日1,2人だというわけでもありませんし、あえて言うなら1週間に1,2人の陽性者というレベルであり、忖度すればその数を言いたかったのかもしれません。しかしながら菅首相の発言が事実とは全く異なることは揺るぎません。果たしてどこから数字を持ってきたのか……。

*1:現在のところ対象国は「中国、韓国、台湾、香港、マカオシンガポール、タイ、ブルネイベトナム、豪州、ニュージーランド

*2:脇道ですが、坂東氏のツイートで1-11月の合計人数に赤線引いてますが、この数字の大半は新型コロナの影響があまりない1-2月の数字です。新型コロナでもこんなに入国してるんだというミスリード的なものを誘っているのかもしれませんが、下劣な行為と言っても言い過ぎじゃないかなと。

*3:NHKの「新型コロナウイルス データで見る感染状況一覧|NHK特設サイト」から

*4:空港検疫についての詳細は「新型コロナウイルスに関するQ&A(水際対策の抜本的強化)|厚生労働省」や「東京国際空港(羽田空港)にご到着の皆さまへ 検疫所からのお知らせとお願い」を参照してください。

*5:例えば「これはまずい空港検疫 藤崎真二|【西日本新聞ニュース】」を参照のこと。

*6:どのような目的で日本を訪れたかを調査する「訪日外国人消費動向調査」というものがあったのですが、こちらは新型コロナの影響によって調査を中止しています。なので厳密に何目的で入国をしてきているかを客観的なデータで示すことはできませんが、今この状態で観光目的で日本に来る人間はいないでしょう

*7:詳しくは新型コロナ「感染者上位の多くが中国人」「日本国籍が確認されてる感染者は20%以下」拡散している情報はミスリードなどを参照してください。

*8:今回の水際対策強化の全体像を見ると日本人のみが抗原検査している様にも見受けられますが、在イタリア日本大使館では「国籍を問わず日本に入国の際の検疫強化として新型コロナウイルスの検査」で「唾液を使用した検査(抗原検査)」とある様に国籍を問わずの検査です。ただし成田空港検疫所HPの資料を見ると以前はPCR検査もあった模様。イタリア大使館の記述でも「(抗原検査に)変更されつつあります」とある様に安倍政権末期に抗原検査への転換が図られている様に見受けられます。

*9:外国人の入国・再入国に係る出国前検査証明について」を参照

*10:おおもとのページは「新型コロナウイルス感染症の検査実績について(空港検疫)

*11:到着者数とは航空便の出発国・地域別の搭乗者数(乗り継ぎ客を含む。)を計上したもの

*12:ちなみに11月の入国者数よりも総検体数が多いですが、これは入国者が入国前14日間に滞在した国・地域を全て計上した「滞在歴」のカウントであることの影響であると考えられます。

*13:中国本土における新型コロナウイルスの感染状況・グラフ*」を参照

*14:ベトナムにおける新型コロナウイルスの感染状況・グラフ*」を参照。

*15:ちなみに厚労省資料だと https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000696906.pdfに記載

*16:Go To トラベル事業に登録している宿泊施設における感染拡大防止対策の実施状況等について

*17:ちなみに「【週次更新】コロナ禍における飲食店の来店・予約件数推移(12月22日更新)|TableCheck」を見ると来店人数は前年よりも少なくなっている事が見受けられます。それとebica調査によれば予約は増えてるものの、TableCheck調査ですと来店件数は減っていることが分かります。