電脳塵芥

四方山雑記

「売血」についての話

 赤十字のポスターの件の話の中に、てなツイートがあったわけです。発端の方のポスターの件には「コラボするならもっと良い絵柄とセリフあったよね」くらいにしといて特に触れません。「売血」の話を少し。
 とりあえず前提として柴田英里氏は「売血」と「贈与(献血)」の二分法に分けて語って、まるで「売血」から「献血」への移行の中に倫理や贈与論という価値観の問題にして血液の質の問題をある種のプロパカンダ的文句として扱ってます。私は浅学なので「ティトマスの贈与論」とか知りませんでしたが、それを語りの中に入れるくらいの知識があれば売血が衛生、やる側の健康問題、貧困層などの種々の問題で今の形式になったと知ってそうなものなのに、そこを無視するのは甚だ不思議な知識形成具合というか、まあ逆張りの為に無視をしたのだろうなと。


 献血の歴史については以上の赤十字のパンフレットにあるマンガが分かりやすくて参考になるかと。売血を繰り返したために輸血の効果や輸血後肝炎の問題、果てはライシャワー駐日大使が日本で輸血を得た際に肝炎に感染したという外交的問題にも発展しています。あとマンガの中で1か月で70回以上売血したというセリフがありますが、こちらは赤十字血液事業の歴史を見る限り実在したようです。現在200ml献血をした場合は男女ともに4週間、400ml献血をした場合は男性12週間後、女性16週間後という間隔が必須である事を考えれば、たとえ売血が200ml(70回した方が200か400かは不明)だったとしてもどれだけ危険性を伴うことは素人でも理解できるかと思います。こういう頻繁に献血をする方たちの血液は赤血球数が回復しないなどによって黄色く見えることから「黄色い血」と呼ばれます。この単語は売血の際によく語られる象徴的な言葉です。

 売血を主にしていた層ですが、

自分の血液を売る人々の多くは、定職に就けない人たちで、毎日仕事があるわけでもなく、雨の日などはたちまち収入の道を閉ざされてしまいました。そのため、仕事に就けなかった日には生活費を得ようと、血液を売りに行きました。これが習慣となると、今度はつらい仕事よりも、血液を売ってお金をもらったほうが楽になってしまったのです。
赤十字 血液事業の歴史

という様な語られ方をしています。売血追放キャンペーンの際にはドヤ街の調査をしたりするなど、労働者層、貧困者層がメインだったと察せられます。以下の当時の報道動画においてもその危険性と共にどういった層が主に売血をしていたのかはある程度は察せられるかと。

www.youtube.com

 売血の値段に関しては、

1958年の日本における輸血用血液の実に99.5%までが、売血によるものであった。売血者は200ccあたり、当時の金額で400〜500円の報酬を得ていたとされる。
今井竜也『献血におけるサンクションとインセンティブ : 血液政策・供血システム転換の可能性と必要性

という様に1950年代後半頃には4~500円、これは日本銀行の『昭和40年の1万円を、今のお金に換算するとどの位になりますか?』の「消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)」を参照にした場合は現在の貨幣価値から約5.8倍、500円だとすると2922円ほどの値段です。約3000円で生活が賄えるかは少し疑問ではありますが、『コインの散歩道』というHPの「明治~平成 値段史」を参照すると米10㎏の値段が1955年には1080円となっている事から、売血2、3回すれば米10㎏買える値段と考えると生活の十分な足しになるレベルの値段ではあったようです。

 売血者の血液の危険性については、

売血者の血液はどのくらい危険だったのだろうか。資料によると、日本における輸血後肝炎の発症率は売血時代(1960〜1965)には50.9% 、実に輸血を受けた2人に1人が肝炎を発症していた。
今井竜也

という様にその感染率の高さが指摘されています。20%とする言説もありますが、いずれにしても高い感染率には変わりありません。それと感染率の高さ以外に売血者の方の健康問題も指摘されています。上記の報道動画でも触れていますが、ドヤ街の貧血者が続出して倒れるなどの感染と合わせて社会問題化しています。さらに言えば売血には暴力団も加わってという話やカツアゲとして売血を利用したという話もあるなど様々な問題がそこに横たわっており、学生が主体の売血追放キャンペーンというのが生まれるのも必定な土壌が当時にはあったわけです。ちなみに感染率に関しては

献血一本化政策の進展により、献血移行期の過程で31.1%、1969年に買血が廃止された時点で16.2%にまで肝炎の発症率が下がったこと を見ると、やはり売血者の血液は極めて感染症のリスクが高く、危険なものであったといえよう。
今井竜也

以上の様に売血の低下と共に感染率は低下しており、これは「売血から献血へ」が倫理の問題などではなく衛生の問題であった事の証左でしょう。

 ここら辺の議論を掘ろうと思えばもっとあるでしょうがとりあえずここまで。ただ例えば国会議事録で「売血」について検索すると結構なヒット数があり売血制度が「問題」として幾度も語られている事は確認可能です。そこからのアプローチで知るというのも可能です。
 いずれにしても元の方は賢しい感じで物事を語っていますが、それは前提を共有していないただの戯言です。大体貧困者のセーフティーネットとして売血を使用するなどというのは甚だ危険性を伴いますし、安全性を考慮すれば数週間の間隔が必要でセーフティーネットとしては機能しえません。それと行き着く先はセーフティーネットではなく貧困ビジネス的なものになるだけでしょうし。

上記絶版本の全文掲載(著者の許可あり)
売血 若き12人の医学生たちはなぜ闘ったのかアーカイブ



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