電脳塵芥

四方山雑記

国会は一日三億円について ~その生まれた時期と変化~

 「国会にかかる費用は一日三億円」という話は時折聞くわけですが、それについてのメモ。単純にいえば、この国会一日三億円は衆参両院にかかる1年の予算を365日で割ると約3億円というもので論拠としては2020年の日経新聞のWEB記事がリンクされたりしてる。ちなみに2023年度の衆参両院の予算申請に関しては「令和5年度国会所管 一般会計歳出予算各目明細書」で確認可能で、衆議院で67,182,957千円、参院が40,910,463千円の合わせての約1080億円。これを365で割ると約2憶9600万円となり、確かに国会の総予算を一日あたりにすると三億円程度です。ただ当然ながらこの計算方法だと土日祝日、閉会中も三億円の費用が掛かっていることになって「国会には一日三億円の費用が掛かっている」という批判めいた言説の説得力は弱いと言えます。だって土日も三億円かかっている計算なわけですから、「無駄」というならば土日も開いた方が得だし、通年国会にすべきだという話にもなる。ちなみに主な費用は人件費で例えば衆院の約670億円の経費は議員報酬と議員秘書手当で約220億、職員への給与(超過手当まで含む)で約145億、合わせて約365億円ほどで半分以上は人件費です。まあ、他にも細々とした費用が掛かっているわけですが(「国会」らしい費用で言えば立法事務費36億円など)、「国会にかかる費用一日三億円」という批判は的を外した変な批判だなと個人的には感じてしまう。

そもそもいつから「国会に一日三億円」出てきたのか

 個人として気になるのはそもそも「国会一日三億円」はいつから言われ始めて来たのかという事で、おそらくですが今の流れになったのは2007年の秋ごろからです。それが窺えるのが読売新聞の2007年10月2日の西部夕刊に掲載された平成ファミリー川柳の一句「国会の空転一日三億円」です。読売、朝日、毎日、日経、産経の記事検索サービスで「国会 一日三億」を検索すると唯一引っかかたのがこの部分であり、また記事というよりも読者投稿であることから新聞紙上ではこの「国会費用」に関してはそもそも重要視/批判言説として使用されたことはないと言っていいでしょう。
 ところで、この2007年の秋に何があったかというと第168回国会(9月10日~1月15日)があったわけですが、最も大きい政治的動きが安倍晋三首相の突然の辞任表明です。安倍晋三は9月11日の所信表明後の翌日12日に辞任表明をした影響で国会が空転します。この後に自民党総裁選が行われ26日に福田康夫が首相に就任し、10月1日に福田新首相による所信表明が行われるわけです。国会を開いた後に突然の辞任表明、そして新首相の所信表明まで約三週間経過すれば、文字通りの国会空転ですし、当時に様々な批判が行われたことは想像に難くないです*1。新聞を離れれば個人HPには以下の様な記述が9月20日に存在します。

臨時首相も決めずに、ただ国会を空転させて、無駄な経費を使っている。国会は1日の休会で約3億円の無駄が発生するという。こんな中で普段は訪れもしない農村や中小工場を訪れてパフォーマンスを繰り返している二人の総裁候補者は、一体何を考えているのか。
近藤節夫公式ホームページ

また、少し時を経ますが2007年12月の国会において以下の様なやり取りが存在します。

牧山ひろえ
国会の会期を延長することによって生じる費用については一概に言えないというのは理解できますけれども、かねてから各方面で一日三億円との試算を目にします。
第168回国会 参議院 外交防衛委員会 第12号 平成19年12月13日

おそらくこれが国会においてはじめて「一日三億円」を用いた質疑です。文脈としては国会延長に関して、国会は一日三億円かかるから延長すると余計な費用を費やしているという類の質疑内容で、365日で割った「一日三億円」の費用という前提を鑑みれば甚だ変な質問ではあります。実際に開いている際には警備費や光熱費などで余計な閉会中よりも費用自体は掛かっているとはいえ。
 以上の様にこの「国会一日三億円」は安倍晋三の突然の辞任劇と国会空転によってワイドショーや週刊誌などのメディアによって2007年の秋ごろに生まれた言説であると類推できます。実際に国会を開いた突如の辞任劇からの空転による批判は止む無しであろうし、そこからの費用換算すると…、となるのも一定程度理解は可能です。換算の仕方が雑ですが。また当初の考え方では批判対象は「国会空転」というものでした。ただこの言説が生まれて間もない12月の時点で国会を延長すると余計に費用が掛かるような誤認識が発生していることが窺えます。

「国会は一日三億円」の認識の定着

 ではいつ頃この認識は膾炙していったのか。サンプルとしてわかりやすいのでTwitter*2内での使用推移でみていきます。まずこの「国会に一日三億円」ですが、Twitter上で出現したのは2010年1月頃です。

2010年1月31日に投稿が少し増えるのですが、これは当時テレビ番組で丁度そういう放送をしていたからのようです*3。ただ基本的には凪ともいうべき状況で、例えば2012年末までにRT数が10を超えたものはありません。2013年には民主党牛歩戦術による徹夜国会に対しての投稿が1件だけRT10超えをしますが*4、やはりこの時点では認識が膾炙しているというほどのものではない。2014年もちらほらとある2桁越えがある程度。これが変わってきたのが2015年で、きっかけは山本太郎による質疑です。

山本太郎
こんないいかげんな話あるかよって、誰の税金で食べて、誰のお金でこの国会が成り立っていて、そして霞が関も、そして永田町もやっていけているんだって、誰の命を守るんだっていう話でしょう。どうして真剣にやらないんでしょうね。こんな、一日三億円近く掛かる国会の審議と言いますよね、予算割っていったら。
第189回国会 参議院 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 第4号 平成27年7月29日

これを要約したのと*5批判したのと*6がRT100を超え、そして8月21日の以下の質疑の要約がRTが1000を超えます*7

山本太郎
一日の延長で三億円ぐらい掛かると言われている国会を戦後最長の九十五日延長すると決めたの誰なんですかって。総理ですよね。あなたなんですよ。総理お一人だけ夏休み突入なんて誰も納得していません。
第189回国会 参議院 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 第11号 平成27年8月21日

この山本太郎の質疑は7月の時点だと「予算割っていったら」という文言で批判として正しいかはともかくとして正しい認識ではあるといえます。ただ8月の認識だと「一日の延長で三億円」という誤った認識が示されてます。これらのことから山本太郎が質疑に使用するくらいにはポピュリズム的なワードとして使用可能なくらいには「国会は一日三億円」という認知がある程度は存在したと見受けられ、また彼への賛否を抜きにしたこういった質疑と要約によって更なる認知が広がったといえるでしょう。ところで。この時点だと「余計な質問は無駄」的な意味で使用する人間も当然存在しますが、山本太郎の質疑を見てもわかる様に「国会は一日三億円」は政権批判を含めた言説だったとも言えます。それが変化するのが2017年、森友問題の影響です。

一番上に見切れているのは与党の「おべっか質問」への批判なので性質は違いますが、その他で拡散したのは森友問題を追及する野党質問は費用の無駄という判断からのものと言えます。実際に拡散したのはこの3月ごろの投稿で一過性ではありますが、Twitter内でウケる性質が野党批判としての「国会は一日三億円」になってきます。そして2018年も。

この時期の審議拒否の理由は福田前財務事務次官による女性記者へのセクハラ疑惑、森友・加計問題からの麻生財務相辞任や柳瀬元首相秘書官の証人喚問を要求した事によるものです*8。更に2019年は桜を見る会の追及にも使用。

一番わかりやすいのはもうアカウントごと削除されていますがdappiの2019年11月18日の投稿でしょう。


https://web.archive.org/web/20220208114349/https://twitter.com/dappi2019/status/1196600332568035330

事程左様に2018年頃からはこの「一日三億円」は野党批判のワードへと変化していることが分かり、また対する与党批判の筋からは「一日三億円言説」への批判が見受けられるようになります。

2020~2022年ごろもほそぼそと使用は確認でき、基本は変わらず野党批判の為のワードとして定着しており、それに対しての反論的な言説が主です*9。そして2023年も変わらずなのですが、なぜか2023年は野党批判として結構この「一日三億円」が使用されています。


https://twitter.com/ishiitakaaki/status/1637286622302724097



https://twitter.com/tezheya/status/1638805504469389313


https://twitter.com/tezheya/status/1639419975671877632


https://twitter.com/shoetsusato/status/1640797070926704641


https://twitter.com/shoetsusato/status/1642974601067245569

以上の様に3~4月の間に複数の「一日三億円」が使用されており、最初にある石井孝明の投稿以外は全て4桁越えとなっています。右派系のアルファアカウントの便利なワード(ミーム)として使用しているのでしょう。これらは野党批判ですが、それと共に何を守っているかでいえば例外もあるけれど基本は高市早苗を守ろうとしている投稿が多いことも特徴です。2017年頃からの批判が安倍晋三擁護の性質もあることを鑑みると「一日三億円」というワードを以て擁護される人物というのは興味深いかも*10。今回は2018年以降はRT数が100以上でふるいをかけたので細かい言説は全く拾えてませんが、拡散する投稿が何かという面でも特定の人物擁護の性質を帯びているのもおもしろい。

 以上見てきたように生まれた当時は政権批判の性質も帯びた「国会は一日三億円」ですが、当初はそこまで認知は広まらずにそれが広まってきたのは2015年ごろと見受けられます。また途中から「政権批判」から「野党批判/特定人物擁護」へとワードが持つ性質が変化しています。実際、1年あたりの予算の日割りから算出される額なわけでこの批判ワードはあんまり意味のあるものとも思えないのですが、とはいえ分かりやすくいからウケるんでしょう。個々の質疑に対して「本当に重要な質疑がもっとある」という意味も言外にあるのでしょうが、ただそれを認定するのは誰なんでしょうね。



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