電脳塵芥

四方山雑記

「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の自作自演説についての検証

 1994年の北朝鮮の核疑惑にまつわる報道により、その年の4月14日から「チマ・チョゴリ切り裂き事件」とでもいうべき事象が発生します。で、この事件については主に極右方面から総連による自作自演説というものがごく一部とはいえ存在します。中々この事件については事件の実態、つまりは分かりやすい犯人の逮捕報道がない、及び極右による嫌韓感情からそういった「説」が流れるわけですが、今回はこの「チマ・チョゴリ自作自演説」について書いていきます。

自作自演説のネタ元

 自作自演説のネタ元と言えるものは2つ存在しており、まず一つ目はルポライターきむ・むい氏の記事『「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の疑惑』です。こちらは雑誌『宝島30』の1994年12月号に掲載された記事であり、例えば『マンガ嫌韓流』や井沢元彦氏はこれらを基にして暗に自作自演ではないかという論を展開しています。しかしながら、この記事は「チマ・チョゴリ切り裂き事件」について報道の仕方など事件の詳細記述、朝鮮学校や総連の対応や報道頻度などタイミングなどから疑義や批判を呈しているのは事実ですが*1きむ・むい氏はそもそも自作自演説を主張しているわけではありません。彼自身が94年より以前に切り裂かれた元生徒の話を記事内に書いている事からもそれは明らかです。詳しくは反「嫌韓」FAQ(仮)の『チマチョゴリ切り裂き事件は自作自演』で記述していますが、これを元ネタとして自作自演説を展開するには自分にとって都合のよい想像の発展と言えます。そのためか、こちらは現在自作自演説の元ネタとしてはそこまで使われていないように見受けられます。
 二つ目の自作自演ネタは元朝日新聞記者の永栄潔と長谷川熙による共著『こんな朝日新聞に誰がした?』における以下の記述です。

90年代半ば、元朝鮮総連活動家の知人が友人に会わせてくれようとした件もそうだった。
 その頃、日朝間で何か問題があると、朝鮮学校に通う女生徒の制服チマチョゴリがナイフで切られる事件が続いていた。或る時、知人が吹っ切れたように話し始めた。「あんなことはもうやめないといけませんよ。自分の娘を使っての自作自演なんです。娘の親は総連で私の隣にいた男です。北で何かあると、その男の娘らの服が切られる。朝日にしか載らないが、書いている記者も私は知っている。ゆうべ友人に電話しました。『娘さんがかわいそうだ』と。彼は『やめる』と約束しました。会いますか?」。「いや、結構です」と即答した。
『こんな朝日新聞に誰がした?』 p179-180

要するに知人がチマチョゴリ切り裂き事件について総連の自作自演だと吐露したというものです。ただし、この自白については永栄氏による記述のみでそれらに対して何らかの証拠があっての自作自演説ではなく、永栄氏自身による後追いもありません。ちなみに『こんな朝日新聞に誰がした?』は2016年12月刊行であり、永栄氏はその前年である2015年3月に『ブンヤ暮らし三十六年: 回想の朝日新聞』という書籍も出していますが、こちらでは自作自演説の記述については皆無で初出は『こんな朝日新聞に誰がした?』。またこれについての後追いや検証の様なものをしていない為に自作自演説を裏付ける情報はこれだけとなります。この情報を追っていけばある種のスクープともいうべき情報ですが、そこについては残念というしかない。
 なおこの『こんな朝日新聞に誰がした?』の刊行後、櫻井よしこによる記事『元「朝日」記者が暴露した“捏造記事”のつくり方 平気でウソを撒き散らす「エセ言論人」の実態』などによってネット右派界隈にもこの話が伝わり、例えば海乱鬼氏などによって情報がネットに膾炙します。


https://twitter.com/nipponkairagi/status/1213307594132996097

永栄氏による記事はたしかに「暴露」と言えますが、実態が伴っているかというと「知人の友人の話」という発言のみであり正直なところ鵜呑みには出来ない部分が多分にあります。

当時の報道について

 さて、きむ・むい氏にしても永栄氏にしても朝日新聞の報道についての記述があります。書きぶりからすれば1994年当時に朝日新聞は相当に記事を書いていると受け取れる文章であり、実際に朝日新聞は毎日、読売と比較すれば記事を書いているのは事実ではあります。ところで、永栄潔氏は著書の中で「朝日にしか載らない」と書いていますが、それは明確な事実に反する発言であり、そもそも「チマ・チョゴリ」を単語に含めた朝鮮人学生への暴行事件についてはなんなら読売新聞の方が早いです。以下、朝日、読売、毎日の当時の記事をいくつか並べていきます。

朝日新聞での「チマ・チョゴリ」を含めた当時の記事例】
5月25日 各地で嫌がらせ 栃木の朝鮮学校、チマ・チョゴリの通学禁止 (2社朝刊)
5月25日 朝鮮学校生への暴力(天声人語
6月 7日 チマ・チョゴリの登校一時見合わせ 阪神間の朝鮮初中級学校 (大阪朝刊)
6月 9日 誇りの制服切られ募る悲しみ 朝鮮学校女生徒への暴力急増 (1社朝刊)
6月11日 またチマ・チョゴリ切られる JR車内で朝鮮中高級学校の生徒 (東京朝刊)
6月14日 相次ぎ切られるチマ・チョゴリ 1週間で2世と、計3回被害(埼玉朝刊)

【読売新聞での「チマ・チョゴリ」を含めた当時の記事例】
5月14日 朝鮮学校生に投石、暴言 チョゴリ狙われ6件 (大阪朝刊)
5月18日 [泉]差別する側の無知が残念 (大阪朝刊)
6月 1日 朝鮮学校に嫌がらせ 「チョゴリへの暴行許すな」 (大阪朝刊)
6月14日 朝鮮学校生徒、再び被害 ジャージ切られる (東京朝刊)
6月14日 北朝鮮生徒へのいやがらせ続発 (東京夕刊)
6月14日 朝鮮学校生のチマ・チョゴリ切られる (東京夕刊)
6月17日 [編集手帳]「北」核疑惑とは別、恥ずべき民族服への嫌がらせ (東京朝刊)

毎日新聞での「チマ・チョゴリ」を含めた当時の記事例】
5月27日 朝鮮人生徒への嫌がらせ相次ぐ (東京夕刊)
5月27日 在日朝鮮時にいじめ頻発 核疑惑契機? 女生徒、チマ切られる (大阪夕刊)
6月11日 チマ・チョゴリ切られる事件 朝鮮学校生への事件防止で警視庁通達 (東京朝刊)
6月15日 朝鮮学校生徒への嫌がらせ、厳正に捜査 -石井国家公安委員長 (東京朝刊)
6月17日 全国で120件に チマ・チョゴリ切られる被害 -朝鮮総連(東京朝刊)

以上の様にそれぞれの新聞社で報道のトーンにそこまでの違いはありませんし、報道の早さそのものならば5月14日の大阪の読売新聞が一番早いことから、この問題そのものは朝日新聞が発端とは言えません。記者ならばある程度の共有がなされていた案件という事でしょう。ちなみに報道の件数ですが新聞データべースを「チマ・チョゴリ」で検索した場合、1994年の5月以降の検索ヒット数は朝日新聞が150件超え、読売は30件ほど、毎日は50件ほどと新聞紙面上に載った報道量自体は朝日新聞がダントツであることは確かです。ただしこれは読書の投稿である「声」の欄や地方版などでも多く扱っている影響も強い事、また「チマ・チョゴリ」の検索ヒット数なので各新聞社、まったく関係のない案件も含まれている事には留意してください。特に朝日新聞はチマ・チョゴリ案件に関して地方紙や朝鮮学校などの話題に少し触れる際にもその単語を出しているためにかなり件数が増しています。
 以上の様に当時各新聞社で相当量の報道がされておりますが、時期的な話をすれば少なくとも「朝日」が始めたかの様な認識は明確な誤りです。また報道のピーク自体は6月ごろと言えますが、7月9日に金日成の死去後も当然ながらそれとは関係なく事件関連の報道は存在します。

当時の朝鮮人学生への調査結果表

 当時の報道では暴行件数は100件を超えていたと言われています。例えば1994年7月に朝鮮人学生に対する人権侵害調査委員会による報告書では暴言を含めて155件と報告、当時の総連の元をした記事では124件とあります。この100件を超える一覧表はありませんが、『切られたチマ・チョゴリ』(朝鮮人学生に対する人権侵害調査委員会編)には在日朝鮮人聯合会調べによる1994年6月中旬までに朝鮮人学生への暴行・暴言一覧が表として載っています。


※意図的と思われるチマ・チョゴリ切り裂き事件(未遂含む)については引用者がマーカー

以上、4月14日から6月30日までに報告された暴言・暴行数は77件、うちチマ・チョゴリ(及びジャージ)が意図的に切り裂かれた(未遂含む)であろう件数は13件*2になります。なお今回はあくまでも意図的なチマ・チョゴリ切り裂きについてのみピックアップしていますが、例えば自転車でぶつけられて転倒して破れたなどの案件が2件ほどありますが、こちらは件数に入れていません。そしてこの10件を超える発生件数の時点で永栄潔氏の知人の友人が語るところの「自分の娘」に対して行っている自作自演説は根拠が薄くなっていると言わざるを得ません。総連側が「自分の娘」に対する自作自演を行う親を約10人見つけたと主張するならば別ですが……。
 一覧表を見ればわかる様に基本的に報告されている案件を見ると暴言が大半を占め、その他に暴力や脅迫が含まれているといったものです。いずれも今の時代では適した言葉がありますので、それを使用すればヘイトスピーチヘイトクライムと言えるものでしょう。ただ「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の件数と全体の暴言・暴行件数を考えた場合、その件数は全体からすれば2割近くほどとなり、総連や報道によって「チマ・チョゴリ切り裂き事件」として注目されたことが果たして適したものであったかという批判はあり得、きむ・むい氏の指摘の中にある女子生徒は広告塔なのか、というのは一種の批判としては成り立つものと考えられます*3。ただこれは被害者の9割ほどが女性という事を考えれば、その象徴として「チマ・チョゴリ」という単語が使用され、その中でも案件が多かった「切り裂き」が使用されてもそこまでおかしくはないでしょう。そもそも批判とは別に明確な被害者がいる時点で、まず批判は加害者やその様な行動が起こってしまう社会に向かうべきですが。
 6月末までの事件発生数は分かりましたが、切り裂かれたチマ・チョゴリ13件の事例についてもう少し詳細に見ていきます。基本的に発生場所は九州が一件ある以外はほぼ関東、というか東京に集中しているので割愛しますが、発生時期についても偏りがあります。

【発生時期】
4月  2件
5月  0件
6月 11件

以上の様に報告事例の1件目は切り裂き事案であり、その2週間後くらいにもう一度ありますが、5月になると切り裂き事案はなりを潜めます。それが6月になると11件、特に6月9日以降に増えていきます。この時期に北朝鮮側からの大きなニュースというのは継続していた核疑惑関連の話題であり、確認する限り新規性を伴うニュースは少なかったと思われます。故に北朝鮮に都合が悪いからセンセーショナルな「切り裂き事件」が発生していたとは少々考えにくい。それと朝鮮人学生への暴行報道は5月中旬以降であることから例えば報道からの模倣犯の様な存在があるとしても4月の案件はそれとは別と考えられます。ただし、6月中旬以降の切り裂き事件に関しては報道などの影響による模倣犯は考えられます。例えば6月9日に切り裂き事案が2件発生していますが、この日には朝日新聞が「誇りの制服切られ募る悲しみ 朝鮮学校女生徒への暴力急増 」という記事を出した日でもあり、その後の被害者の増加によって他新聞社においても「切り裂き」事案を扱った記事が複数見受けられます。新聞以外のテレビメディアなどでの報道があったであろう事を勘案するならば、これ以降の増加には報道の影響による模倣犯の可能性の方が自作自演説よりも高いと考えるべきでしょう。
 以上、当時の6月末までの調査結果から見てきましたが、一つ注意が必要なのは7月以降にも暴行事件は発生しており、またそれと同様に切り裂き事件は発生しているという事です。『切られたチマ・チョゴリ』では7月に発生した事例を取り上げていますし、あくまでも6月末までの報告された件数が13件ほどという事であり、それ以降の件数を累積していけば数自体はもっと多くなるでしょう。

過去の事例との比較 -パチンコ疑惑時の暴行・暴言事件

 朝鮮学校への暴言・暴行事件というのは何も1994年に起こった目新しい事件ではなく歴史的には幾度か存在しています。日韓基本条約時、ラングーン事件大韓航空機爆破事件、94年で言えば核疑惑。そしてこの94年の前に少し騒動になったのが89年の文春の「パチンコ疑惑」連載時に端を発した朝鮮人学生への暴言・暴行事件です。この疑惑自体は当時国会でも審議されるに至った事ではありますが、当時の編集長である花田紀凱の発言などから社会党バッシングという政局的な記事でもあり、また問題点も多々ある記事だったものの、この記事の「疑惑」というか「精神」の様なものは現在のネットにも多分に引き継がれていると思われます。
 そしてこれらの疑惑をうけて朝鮮人学生への暴言・暴行事件が報告されており、その一覧が朝鮮時報取材班『狙われるチマ・チョゴリ―逆国際化に病む日本』*4でまとめられています。


チマチョゴリ引き裂き事案に対してのマーカーは引用者

以上の様に89年当時に発生していたチマ・チョゴリ引き裂き事案としてはチマを掴まれ、逃げようとしたときに引き裂かれたというものであり、94年当時の様な意図的な切り裂きとは異なるものです。ここから分かることは「切り裂き」事案そのものは94年ごろの新しい事象と言えるかもしれませんが、ただきむ・むい氏の記事の中で90年に生徒だった女性が、自分の時にも切られた子はいるという発言がある事から単純に当時は「切り裂き」の発生件数自体は少なく、報道にも載らなかったと考えるのが妥当と言えましょう。また暴行、暴言そのものの性質自体が大きく変化したとはいえず、唯一大きく変わった事と言えばおそらくは94年時に比べて、89年時は「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の様な印象に残る報道がほぼされなかったという事でしょう。
 そしてこの時の本のタイトルが『狙われるチマ・チョゴリ』となっていますが、見ればわかる様にやはり被害者には比較的女性が多いです。書籍内でも指摘がある様に89年当時の時点で過去の事案よりも女性の被害が増えているという指摘があり、94年の核疑惑後にはさらに女性の被害が増えている様に見受けられます。より弱く、目立つ存在にターゲットがシフトしていると考えられます。

当時のスカート切り裂き案件の数について

 ちなみに1994年には朝鮮人学生以外のスカート切り裂き事件が激増している事が確認できます。ちょうど事件報道のピーク時期であろう6月である6月18日付の毎日新聞東京夕刊は以下の様に伝えています。

通勤電車でスカート切り続発 若い女性被害、すでに27件 -取り締まり強化へ
東京都内を走る通勤・通学電車内で、若い女性のスカートなどが切り裂かれる事件が続発し、今年に入って27件にも上っている事が、18日までに警視庁の調べでわかった。(略)鉄道警察隊によると、電車内の切り裂き事件は、昨年は一年間で3件しかなく異常な激増が際立つ。被害者は重大の高校生から二十代のOLら。都内のほぼ全域の路線で発生し、早期のラッシュ時に集中している。寒い1ー3月はコート類の被害が目立ったが、4月以降はスカートばかり切られている。
(略)
民族服チマ・チョゴリ朝鮮学校の女子生徒が被害を受け、警察に届け出があったケースも、今月14日にJR中央線の車内で長さ約16センチも切られるなど5件に上る。

その後の事件数を含めれば93年と比較して94年に電車内のスカート切り裂き魔が半年で十倍ほどと激増している事を伝える記事です。この背景は分からず、またチマ・チョゴリ事件との関連性は全くの不明です。各月の発生件数もわからないのが痛し痒しとは言えますし、その後の詳報がない為に95年以降にどうであったか、犯人が複数なのか、それとも個人なのか、そもそもその動機が不明です。ここからたまたま当時性犯罪的な目的のスカート切り裂き事件が激増して、たまたま目立つチマ・チョゴリがターゲットの一つになった、という論理も構成可能ではあるでしょうが、その他の暴行・暴言の事案を考えればその線を前面に押し出すにはあまりにも弱いといえるでしょうし、記事内だけでも27件中5件というチマ・チョゴリへの加害数の多さを考えればそこに当時の報道や朝鮮人への蔑視があった可能性は捨てきれません。

切り裂きを行った加害者が逮捕された事例

 自作自演説のひとつに「犯人が捕まっていない」という話がありますが、それは誤りであり、実際にチマ・チョゴリを切り裂いた案件での逮捕者は存在します。見たところ大きな記事にはなっていませんが、姜誠『パチンコと兵器とチマチョゴリ―演出された朝鮮半島クライシス』では事件の始まりとされる4月14日の切り裂き事案について、その10日後に犯人と思しき人物といつもの電車で見かけ、その人物をボディーガード役に伝えて取り押さえて鉄道警察に渡されています。また6月9日の朝日新聞朝刊でも記事として確認でき、それは以下の様なものです。

「誇りの制服切られ募る悲しみ 朝鮮学校女生徒への暴力急増 」
ミカさんは通学途中の電車で自分のチマ・チョゴリを切った男(23)を見つけた。付き添っていた教師らが乗換駅で男を取り押さえ、警視庁成城署に器物損壊容疑で逮捕された。調布市内に住む石材店従業員だった。取り調べで、男は、はっきりした動機は話していないという。

この人物については普通のサラリーマンとあり犯行の動機もあいまいだとの記述がされていますが、犯行時に「朝鮮人め!」との暴言を伴う犯行から、スカート切り裂き魔がたまたま朝鮮人学生を狙ったというよりも、そこには当時の報道を受けての憎悪感情があった可能性の方が断然高いでしょう。 また、姜誠氏は著書の中で右翼などではなく普通の男性であることに関係者含めてショックを受けたかの様に書いていたように、「自作自演について黙秘を貫いた男性」というよりも、報道などを受けて衝動的に実行に移した「普通の男性」という可能性の方が高いでしょう。
 当時の情報では4月から7月1日までに警察への被害届が行われたのが22件で検挙は2件。上記が1件となり、もう一つの検挙された事件の詳細や容疑者がどの様なものだったのかは不明ですが、もしここで朝鮮人学生関係者の自作自演ならばニュースになっているでしょう。またわき道にそれますが100件以上の被害報告と比べて被害報告数が22件と少ないという指摘がありますが、事例集を見ればわかる様に暴言だけで終わるものもあり、これらすべての事例で被害届を出す類のものであるかと言えばそこまでではない、もしくは詳細な操作はしてくれないと判断した泣き寝入り的な判断で被害報告数は少なくなったのでしょう。

「知人の友人の話」を信じるか

 チマ・チョゴリ切り裂き事件についての当時の報告や報道などを見てきましたが、事件のあらましとしては以上の様なものです。この事件について警察庁に開示請求を行いましたが、四半世紀以上前の出来事であるためか、それとも軽微な事件と思われたのかは不明ですが資料は存在しないとの連絡を受けています。ただ当時に話題になった一連の事件について、もしも警察側が自作自演という話についてある程度の確証があったのならば当時報道に流れていることから公的な機関がこの案件を自作自演と考えている可能性はゼロに近いでしょう。
 そもそもの話。自作自演説は元ジャーナリストとはいえ永栄潔による「知人の友人」という曖昧模糊な登場人物による証言です。永栄氏は『ブンヤ暮らし三十六年』などを読むと総連に近しい知人がいることは確かでしょうが、チマ・チョゴリ切り裂き事件についてこの証言などに基づきジャーナリストとして調査した痕跡は見当たりません。真実ならばそれなりに大きな話題でもある為に今からでも調査してほしいところです。それこそジャーナリストとして。
 正直なところ、この検証の発端は「知人の友人の話」、それもそのデティールはぼんやりとしていて一切否定できない類のものでもある為に、例えば100件を超える事案の中に「1件も自作自演がなかった」と断定することは不可能です。しかしながら個々の事案の報告描写を見る限り「自作自演しかなかった」はあり得ないレベルでしょう。今現在の在日コリアンへの差別事案、例えば直近では京都・ウトロ放火事件、また日本第一党などの極右による朝鮮人学校や在日コリアンへの排外デモなどを考えるならば多くの事件は排外思想を持った、もしくは当時の北朝鮮バッシング報道によって刺激された日本人と考えるのが妥当です。永栄氏は分かりませんが、出典となっている書籍の出版社や今あれは自作自演説だったと吹聴しているの極右界隈であり、自らの罪や「被害者は嘘つきだった」という新たな攻撃材料を得るために自作自演説に乗っかったと考える方が妥当でしょう。

*1:「フレームアップ(捏造)」ではないかという疑問も書かれていますがそれは文中に記者の言葉を借りて否定しています。

*2:うち2件は被害者が同一。6月9日と6月13日の被害者は同一

*3:補足すれば、「何故、女子生徒だけが民族衣装を着るのか」という問題が存在しますが、これは完全に脇道なのでおいておきます。

*4:この本の中身自体は著者や時代の限界が幾分も見られる本でもあり、今の時代に読むと幾つかの記述は甚だ微妙なところもありそこまでおススメは出来ません。