電脳塵芥

四方山雑記

スイスでは過去の遺物である「スイス民間防衛」についての話

 日本でのある界隈では「スイス民間防衛」が持ち上げられることがあるのを時たま見ます。例えばこういう時に。

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これの元ネタは中身が読めてないので推測となってしまいますが、以下の本かもしくはその類似の本が元ネタでしょう。ちなみに下の画像については現在遡れるところで言えば2013年ごろから右派系論壇のネットで出回っているのが確認できますし、本自体の話題は2005年頃にこれまたネット右派系HPで取り上げられていることも確認できます。基本的には日本の平和ボケ云々の話を受けて右派が援用する本、という感じでしょう。本自体はアマゾンをみると2003年発売(新装版であり、後述しますが元々は1970年に発売された模様)ですので、それに端を発するであろう画像が2020年に使われている事を考えれば息の長い類の話題です。

民間防衛ーあらゆる危険から身をまもる

民間防衛ーあらゆる危険から身をまもる

  • 発売日: 2003/07/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 さて、なんでこんな話題をしたかというと、SWIというスイス公共放送協会(SBC)の国際部のサイトでこういう記事を見つけたから。

「スイス民間防衛」日本で売れ続ける理由
冷戦期、スイス連邦政府は有事の際の備えを説いたハンドブック「民間防衛」を各家庭に配った。今や歴史の遺物と化し、存在すら忘れられたこの冊子が、意外な場所で売れ続けている。それは日本だ。
「スイス民間防衛」日本で売れ続ける理由 - SWI swissinfo.ch

というように「スイス民間防衛」はスイスでは歴史の遺物となっている代物とあります。さらに記事ではこう続いています。

「Zivilverteidigung(民間防衛)」は1969年9月、連邦内閣の委託を受け、司法警察省がスイス国内の全世帯に無料配布した。その目的は主に2つ。国民に武力攻撃から身を守る備えをさせること。そしてもう1つは、国内に潜む共産勢力への警戒を高めることだった。
しかし、そのころ冷戦は緊張緩和、いわゆるデタントの時代に突入していた。このためハンドブックは強い反発を食らう。抗議活動が起き、軍事パレードにハンドブックが投げ込まれ、果ては路上で焼かれた。
暴動が起きた理由は、政治的に敵対する勢力を「民主主義の破壊分子」とした描写にあった。ハンドブックは平和主義者を含むあらゆる批判勢力を、ソビエト軍の侵入を許す赤じゅうたんだと決めつけた。

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色々とこの件をもってスイスを持ち上げている方々がネットでは散見されますが、スイス国内においては配布当時に抗議活動が行われています。その後に小冊子が笑いものにされたともあり、

「民間防衛」はスイス国内では、冷戦への風刺文学として扱われるようになった。だが日本では異なる地位を確立させた。
(中略)
1970年に日本語版
ハンドブックにも挟まれていた政府発行の雑誌「Zivilschutz他のサイトへ(民間救護)」は1971年、侮蔑と誇りが入り混じったこんな報告を載せている。笑いものになったハンドブックが「極東から予期せぬ支援」を受けたという内容だ。

とある様に、政府雑誌にすら「笑いものになったハンドブック」と書かれる辺り、スイス国内で「民間防衛」の本としての価値は低いものとみても間違いではなさそうです。SWIの記事では日本でも発売当初はそこまでではなかったものの、阪神大震災の際にジャーナリストの木村太郎氏の紹介により重版が行われ、2003年にイラク戦争の際に新装版が出たとあります。
 ちなみにSWIの民間防衛に関する記事は他にもこんなのがあります。

フィクションの想定だが、国家の「内敵」が指し示すものは容易に特定できた。平和主義者、左翼運動家、組合、反核運動、そして知識人たちだ。
怒りの波
ハンドブックを作ったのが公権力である政府だったことも、大きな怒りを買った。「内敵」呼ばわりされた人たち、そして自由民主主義の支持者は「民間防衛」を痛烈に批判した。
国内では抗議デモが起こり、連邦議事堂前のではうずたかく積まれたハンドブックに火がつけられた。一部の書店では、スイスの作家の本とハンドブックを無償交換するサービスまで登場した。その本も、政府の政治に不満を持っていた作家たちの作品だ。
「民間防衛」時代を間違えた危機管理マニュアル - SWI swissinfo.ch

先ほどの記事でも触れられた抗議運動がより詳細に書いてあります。これを見るやはりこの「民間防衛」自体はスイス社会で発表当初から受け入れられなかったものとして良さそうです。しかしながら、その「思想(反共)*1」の様なものはその後のスイス社会の中では生き続けた様で記事の最後には以下の様な記述があります。

「民間防衛」が想定した「脅威」に対する国家的監視活動はその後も続いた。1989年、スイス最大のスキャンダルといわれるフィシュ・スキャンダルが起こるまで、国家安全保障という名目の下、明確な法的根拠もなく左派主義者らが警察の監視下に置かれていた。

※フィッシュスキャンダル=法的根拠なく90万人の個人ファイルを作成していた事件。左派主義者、労働組合活動家、軍に批判的な人たち、核の反対派が主な監視下。詳しくは「スイスの諜報機関にまつわる10の疑問 - SWI swissinfo.ch

 なおドイツのwikipediaZivilverteidigungsbuch – Wikipediaでも反対運動があった事を記してありますし、以下の様な風刺画も存在していたようです。

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※下の文は自動翻訳による

この風刺画の背景は別のweb記事を見ると以下の様にあります。

「市民防衛」の思想が、多くの若者や学生を左翼政党への入党に駆り立てた。
(中略)
何がきっかけで左翼からの反発が出てきたのか?320ページに及ぶこの文書には、非常用物資の備蓄、応急処置、消火方法などが書かれているだけでなく、スイスがどのようにして主要な敵国に侵入され、攻撃され、占領されたかという架空の物語が書かれていた。
(中略)
架空の語り口にもかかわらず、平和主義者、知識人、左翼政党、労働組合反核活動家、同性愛者など、どの内部の潮流がこの国にとって致命的な危険をもたらすのか、疑う余地はなかった。
(中略)
このようなセリフが世間の非難の嵐を巻き起こした。"深くリベラルな牧師であった父は、これほど多くの社会的グループが一般的な疑惑の下に置かれていることに愕然としました」と、当時14歳だった元地区管理者のルエディ・ブラッセル氏は振り返る。
(中略)
やがて「市民防衛」は「赤いスイス毛沢東聖書」と広く揶揄されるようになった。
https://www.bzbasel.ch/basel/basel-stadt/als-in-basel-die-schweizer-mao-bibel-verteilt-wurde-135766204
※自動翻訳


 事程左様になぜネット右派系が「民間防衛」を好意的に引用するかは平和主義者、左翼政党などを揶揄できるからでしょう。排撃の為の道具。ただその道具、スイスでは世に出た当初から反対を呼ぶものであり、もはやスイスでは負の側面が強いであろう遺物なハンドブックといえます。それと「赤いスイス毛沢東聖書」と嘲りの対象であった本を日本のネット右派がありがたっているのは面白い現象だなーっと。

*1:著者のアルベルト・バッハマン大佐は共産主義者から反共主義者への転向を果たした人物とのこと。