電脳塵芥

四方山雑記

沖縄の反基地デモに日当2万円が出ているというデマについての(おそらくの)初出

【8月5日 ニコニコ復旧につき恵隆之介の項目を修正加筆】

 沖縄における反基地デモについて、「日当2万円」が出ているというネタが存在する。これ自体は今まで一つもその実証がなされたこともないデマなのだが、そもそもいつこの話が出てきたかについて記録しておく。まずQuoraの「プロ市民って呼ばれる反政府的なデモに登場する方々のスポンサーって、本当に居られますか?」という書き込みには以下の様に時系列がまとめられている。

1.沖縄防衛局が、基地反対運動の説得工作や漁協に対して補償金を支払う準備を進めていることが琉球新報によって明らかになる(2013年7月6日)
2.『夕刊フジ』内の大高未貴連載「暗躍列島を暴く」にて、基地反対運動に出れば2万円の日当が出るとの報道がされる(2013年11月22日)
3.『朝まで生テレビ』で、ケント・ギルバートが「沖縄の米軍基地反対運動には日当が出ている」と主張する(2015年11月27日)
4.辺野古沖には警備会社がチャーターした基地反対運動に対する警戒船が出ており、船長には日当5万円、同乗する警戒員には2万円が支給されていると沖縄タイムスが報道する(2016年7月2日)
5.『東京MXテレビ』が放送した番組「ニュース女子」(DHC提供、制作の持込番組)において、「沖縄の米軍基地反対運動には日当が出ている」という内容の放送がされる。その中で、「2万円の日当」を支払っている団体として「のりこえねっと」と同団体代表を名指しし、在日コリアンが運動に関与していると指摘。「日当」の証拠として茶封筒の写真が示される(2017年1月2日)
6.「ニュース女子」について、放送倫理検証委員会は「重大な放送倫理違反があった」との意見書を公表し、以下の六点を指摘(2017年12月14日)
 抗議活動を行う側に対する取材の欠如を問題としなかった
 「救急車を止めた」との放送内容の裏付けを確認しなかった
 「日当」という表現の裏付けを確認しなかった
 「基地の外の」とのスーパーを放置した
 侮蔑的表現のチェックを怠った
 完パケでの考査を行わなかった
7.「ニュース女子」について、東京地裁は(大嶋洋志裁判長)「番組に真実性は認められない」としてDHC側による名誉毀損(きそん)を認め、550万円の支払いとウェブサイトへの謝罪文の掲載を命じる[2](2021年9月1日)
8.「ニュース女子」について、東京高裁は「番組に真実性は認められない」と判断し地裁判断を支持[3](2022年6月3日)

これを執筆した萩原遼によれば2013年に沖縄防衛局が基地反対運動の説得のために用いられた補償金(2万円、5万円)が夕刊フジの大高未貴による連載「暗躍列島を暴く」において「日当2万円」というデマに転化したというものだ。この「暗躍列島を暴く」の当該回(2013年11月22日)である「沖縄の矛盾 基地で厚遇を受けつつ「米軍反対!」 返還延期要請も…」は現在HPから削除済みであるが、同シリーズの11月19日「沖縄の自称・市民活動家たちが展開する常軌を逸したヘイトスピーチ 」はサイト上に現存している。いつ頃削除したのかはわからないが、邪推をすれば「日当2万円」というリスクを懸念して削除したのかもしれない。そして夕刊フジ上(大高未貴による)での表現は次のようなものとなる。

 反基地運動に関しては、こんな証言もある。
 那覇在住で定職を持たず、自由な生活をしているA氏は「基地反対集会や座り込み運動のバイトはいい金になる。日当2万円プラス弁当がつく日もある。掛け持ちで2つの集会に出なければならない時は、別の人間にいかせて1万円をピンハネするから、私の日当は3万円になるときもある」と明かした。
 どうやら、バイト代を出す組織もあるようだ。

この内容そのものは正直なところ検証しようがない。この部分の大高の表現は「こんな証言もある」といってA氏による証言を記述しているが、大高が直接A氏という人物本人に聞いた話かは不明瞭な表現であり、また聞きという可能性そのものも否定できない。大高がその後に追加取材などもしておらず、「バイト代を出す組織もあるようだ」などと細部の表現も曖昧だ。ただこの話が後に「ニュース女子」などに繋がる*1、という話になっていくのだが、この「日当2万円」という字句に焦点を絞るならば2013年以前に時間が遡れる。
 まずネット上には2007年10月の個人ブログ上において、額はないが「日当」について記述してある内容が存在する。その記事によればチャンネル桜上で恵隆之介がこの説を披露している事がわかる。そしてこのチャンネル桜の動画は2007年9月にニコニコ動画にアップロードされているが、その説明文によれば2005年10月放送とある。現状ではニコニコがサイバー攻撃から復旧しておらず該当動画を視聴することはできないので、2008年2月にyoutubeにアップロードされた「基地78%は大嘘、沖縄の実態 3-2」を参照するがニコニコ動画復旧に伴いそちらを参照。それによると

・1995年の少女暴行事件で橋本内閣が領収書のいらない基地周辺対策費を新しく設定した
辺野古の反対運動の一部には2~3万円の日当が出ている
・実名は出さないが、ある運動の老人が間違えてある家に「資金がないから振り込んでくれ」という電話をした、その証拠も持っている
・平和な運動なら資金はいらないはず

大まかに言えば以上の様な事を語っている。しかし恵がいう「証拠」がよくわからないのでこれも胡乱な話の域を出ていない。この恵の説と少女暴行事件と橋本内閣の施策の話をしている事から後述する言説の影響下にあることが窺える。なお話は変わるが恵そのものの信用度でいえば、戦艦大和には「沖縄県民救援物資として、歯磨き、歯ブラシそれぞれ50万人分、美顔クリーム25万人分、生理用品15万人分が積載されていた」などの説をブログに書いており、戦艦大和にまつわるデマの発生源の一人といえ*2、その他にもヤフー知恵袋にさえデマの指摘がある人物であり、恵の言説や「証拠」をそのまま鵜呑みには出来ない。
 そして恵よりもさらに前に「日当2万円」という情報は出ている。それが2004年8月に刊行された『沖縄ダークサイド』上における「人権屋と環境屋の楽園「辺野古ヘリポート」建設予定地」(p.121-122)であり、それを書いたのが野村旗守となる。

以下がその記述内容となる。

ところが驚くなかれ、これら座り込みを続けている「プロ市民」たちは、なんと一日二万円の日当を貰っているのだ。しかも、弁当代は別途支給されるという。
 「彼らを先導しているのは、県外から送り込まれてきたプロの活動家(人権屋と環境屋)です。95年に少女暴行事件が起こったとき、当時の橋本内閣は反基地運動対策として年間150億円の予算を組んだのですが、どうやらこれが仇になったようです」(基地関係者)
 予算とは、自治省から交付される「基地関連経費」のこと。これは領収証のいらない機密費の一種だ。しかし、「仇になった」というのはどういうことか。
補助金欲しさのマッチポンプ
 「沖縄には全国予算の半分、約75億円の基地関連経費が流れてきます。実は、議会がこの予算を減らさせないよう、反対運動を行う労組やセクトの活動家たちに資金を流して支援しているのではないか、というかなり確度の高い疑惑が持ち上がっているのです。もちろん、どこか第三者機関を迂回して提供しているのでしょうが、しかし、そうだとすれば、完全なマッチポンプですよ」(前出・基地関係者)
p.122

つまり野村とその情報提供である「基地関係者」の押し出す説は、議会(自治体)は補助金欲しさに基地反対運動に補助金を流し、反対運動はその補助金で運動する、という事になる。「基地関係者」は「確度の高い疑惑」と言っているが20年以上経過している状態で、さらに議会(自治体)まで絡んだ不正がここまで暴かれていない時点で正直なところ陰謀論の域を出ていない。なお全体を見ると「日当2万円」の箇所はこの「基地関係者」による証言なのだろうがその部分については上記に引用した野村の語りのみであって細部についてはよくわからないともいえる。なお野村旗守はこの後にこの日当2万円についての追加取材の様なものはなく、他の著作にもそれらしいものはないように見える。また2004年当時に野村が執筆していた『正論』や『諸君』、『SAPIO』などには他の執筆者を含めて類似の記事は見当たらず、それらを考えると「日当2万円」はほぼほぼこの野村の記事によって生まれたと言って良いだろう。野村は公安関係に強かったと旧知の安田浩一が書いていることや著作に『Z(革マル派)の研究』などがある事から、そういった伝手を辿っての該当記事だとも考えられるが(引用はしていないが前半のページはそれに近い内容となっている)、その反面、2006年刊行の『別冊宝島 嫌韓流の真実! ザ・在日特権』の著者の一人であり、在日特権デマを加速させた一人とも目される。
 個々の言説を見ていくと野村、恵、大高の3人が「日当2万円」について書いており、「証言者」や「証拠」があるというものの、実在するかどうかは正直どれも曖昧であり胡乱な域を出ていない。追加取材による詳細な検証も経ていない。言説そのものについては野村と恵の内容そのものはほぼ同じであり、恵による説は彼の言う謎の証拠以外は野村の言説の影響を受けていると考えられる。そこから10年近く経った大高の説は背景情報が良くわからない為に大高が「取材」によって独自の説を出したのか、それとも野村らの説に影響を受けたのかは謎だ。ただあえて言うならば大高は恵がチャンネル桜で説を披露したであろう2005年当時にチャンネル桜に出演している事は過去のHPから確認できる。野村も含めてだが、野村、恵、大高の三者はともにチャンネル桜に出演していたことがあるので彼らは言説空間的には近しい場所にいた事だけはわかり、その周辺空間での言説を大高は2013年に表出したという可能性もあり得るだろう。ただいずれにしても「日当2万円」というキーワードだけが跋扈しており、それは20年以上前の話が今も流れている状況といえるが、結局一度も証拠の様なものは提示されず「ある」前提の検証もされずに「怪しい曖昧な情報」だけがソースとなっている。

■お布施用ページ
note.com

*1:検証において大高がソースの一つであることは番組の検証において明らかになっている。

*2:詳しくはwikipedia恵隆之介の記事を参照のこと。各記事へのリンク等あり。