電脳塵芥

四方山雑記

悪書追放運動期のマンガ業界におけるパクリの話

 1955年周辺期の悪書追放運動期のマンガ業界についてのパクリ関連の話を少しだけ。マンガ業界の誕生期というか、当時の著作権感覚がうかがえる話を2つほどピックアップします。
 ともに日本児童雑誌編集者会機関誌『鋭角』からの引用となります。

◆マンガの丸パクリ案件

侵害された漫画の著作権  現在の児童雑誌から漫画を除いては成立たぬ-といってもいいくらい、児童漫画の黄金時代である。この現象を将来したものは、戦後あらわれた少数の優れた児童漫画化の、卓抜な作品に負うといつよいだろう(ママ)。
 だがその反面、比較的才能に恵まれぬ技術未熟の新人級までが現状のように馬車馬的に描かされていては、いきおいアイデアに詰まるという破目におちいりつつあることも見のがせない。
 あらゆる講談本や名作読物のたぐいは、すでに何回か繰返して漫画の材料に焼き直され、いまやストリイ漫画の素材は、地を払ったかに見える。
 そこで苦しまぎれに、他人のウケている作品の模造品をデッチあげたり、チャンバラ映画や探偵活劇映画、さては武道映画等から、ストリーを頂戴したり、剣豪小説からアイデアを拝借したりするようなことが、しばしば見受けられるようになった。
 これは原作者または版権所有者の許可を得ない限り、その転用のいかんによって、著作権侵害となるから、戒心すべきことである。
 児童漫画に関する著作権の尊重と確立とが要望される折も折最近、次のような事件が発生して、関係方面の注意を喚起している。
 少年雑誌に長期連載されて好評を博している時代漫画を、構図は勿論のことフキダシのセリフまで、全く同一の漫画が題名と人物の名を変えただけで漫画本専門といってもいい某単行本出版社から、堂々と発行されたことである。
 そこで、作品を剽窃された原作者と雑誌社側は、盗作本の執筆者と出版社に対して、厳重に抗議した。この出版社では「不注意から剽窃作品であるのを知らずに出したものである」として、在庫品前部と、印刷原版の一切ならびに原稿を破棄して、陳謝の意を表した。また当の剽窃者某は、謝罪状を出したうえ、十二月上旬謝罪広告を出すことを約して、この事件は一応落着した。
(中略)
 一般に「悪い漫画」が非難されるとき、いつも矢表に立たされるのは雑誌であるが、いわゆる「悪い漫画本」は、他人の作品を盗んで恬として恥じぬような、目的のためには手段をえらばぬ悪徳似而非漫画家と、内容はどうでも原稿料を安く上げようとする非良心的出版社によって作られるといってもよい。貸本屋ゾッキ本として街に流布するものの中には、これが多いのである。
(以下略) 『鋭角』1958.11.25

 当時にも、というか当時の方が現代よりももっと露骨なパクリがあった模様で、同様に手塚治虫の「ロストワールド」がパクられたという類似案件が存在します。児童雑誌の編集者機関紙『鋭角』の記事だけあって幾度か繰返される業界の自己批判性もあって、悪書の例として挙げられるマンガ本も大抵はこれです。

◆デッチ本

デッチあげる漫画本
 一がいに漫画家といってもピンからキリまでで、その中で雑誌に名の出るような連中は一人前といってよかろう。その一人前の漫画家の下働き(助手)から、漫画本専門にいわゆる略画物語の作者までいれると、およそ五百人を超える驚くべき数だという。
 著名な漫画家は、とても一人ではやりきれぬくらい仕事があるので、黒く塗りつぶしたり、簡単な色付けは助手にやらせる。ひと頃編集者が助手の役をしたこともあるが、編集者会から槍が出て、今ではそんなことはなくなった。
 ゾッキ本といわれる漫画本は、雑誌にかいているような画家は描かない。一冊かいても、いいところ三万円ぐらいだから引き合わない。漫画本の出版社でも、高い原稿料は払えないし、子供向のものはそれほどネームヴァリューが必要でないので、器用にかける人だったら、誰でもいいというわけである。ここに盲点があるのだ。
 絵の学校も出ていないし、師について修業をしたこともない者がいっぱしの漫画家(いや、略画かき)として通ることにある。だから、学生や失業者のアルバイトもある。このことは、太宰治の「人間失格」の中にも出てくる。
 器用なくらいでは、雑誌には通用しないが、漫画本には結構通用する。漫画本の出版社の多くは、忙しい漫画家相手では仕事にならないので、器用なものに、何冊かの売れそうな見本を示してなるべく刺激を強くデッチあげさせる。これを称して「デッチ本」という
 亡くなった福井英一が、柔道漫画をはじゆて描いて、たいへん子供に受けた。主人公のカツと見開いた目が特徴だったが、この手法はたちまち模倣され、今では一つの流行になっている。
 単なる模倣程度なら、子供には実害はないが、デッチ本などが悪どく刺激的にするから、世の非難を受けることにもなるのだ。
『鋭角』1958.11.25

 要はスキルのない人間に売れ線をパクらせたマンガのことであって、上記のパクリとほぼほぼ同じかなと。ちなみにこの時代には出版社が書かれていないマンガ本や出版社を訪ねると誰もいなかったという様な出版社不明のマンガもそれなりにあったらしく、商売を行う側の倫理は当然ながら現代以上に低かった模様です。

 『鋭角』は編者者による機関紙なだけに顕著ですが、こういったマンガ本は業界の質を下げる悪書として問題視されています。それ自体は当然の判断ではありますが。なので悪書追放期に悪書とされたマンガの中には倫理の低い出版社(実際、「会社」なのかも不明)が少なからずあったという認識や、現代には情報すら残っていないマンガの山があったのかもなと。そこらのマンガになると読む術すらもうないかもですね。


余談
 マルパクリやデッチ本ではないですが、当時少し批判されたマンガなら下記で読めるそうです。杉浦茂マンガ館収録の「アンパン放射能」がチクリといわれました。当時のマンガを読めるという意味でもなかなか貴重かも。

杉浦茂マンガ館 (第3巻)

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杉浦茂の摩訶不思議世界 へんなの…

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