https://twitter.com/fm21wannuumui/status/1678667820413124608
ってな感じに保険証の「不正」使用の際に600万件というデータが示される事があり*1、で、ソースとしては厚労省データベースによる「保険証認証のためのデータ交換基準に関する研究(総括研究報告書)」ってのがそれです。
保険情報の誤りや不正使用は、全国で年間600万件にも上っており、その処理のための経費は1000億円を越えると推定されている。
この情報に対しては全国保険医団体連合会が「マイナカードで「不正請求が減らせる」「なりすまし防止」は本当か」などでその情報が次のように不正確であることを指摘しています。
多くは事務的な記載誤り
書き込みで引用された研究は、厚生労働科学研究成果データベースの「保険証認証のためのデータ交換基準に関する研究」(2003年度)であり、20年以上前の委託研究論文である。ツイッターの引用元にしても研究報告書の「概要版」の記述である。正確には、本体報告書の本文では、「推定されている」の文章に続いて、「多くは単純な保険証の番号の間違いであるが、中には資格停止後の保険証の利用も少なくない」と追記している。なりすましなどの不正使用に基づく請求と言うよりも、医療機関側での転記ミスなど事務的に誤った請求というべきところである。また、保険証番号の記載間違いなどが「1,000億円を超える」と推定する根拠も示されていない。
まず金額に関しては「ソースがない」んですよね、これ。なので1000億円云々は謎であり、これを根拠にするのは弱いです。ただ「600万件」については全国保険医団体連合会の指摘に近い数字が存在はしているとはいえます*2。
氏名の誤りや資格喪失後受診など資格過誤を原因として医療機関に差し戻したもの(再審査請求分)は年約536万件と報告している(2014年度)
また2016年に発表されたという数字では約536.1万件が存在*3、また2023年7月26日に行われた参議院「地方創生及びデジタル社会の形成等に関する特別委員会」では上述の研究結果をもとにした質問に対して厚労省側が以下の様な返答をしています。
その年間六百万件という調査の話がございましたけれど、大きく二つ、この問題についてはあると思います。
一つは、よく言われる、保険証が顔写真が付いていないので成り済ましということが行われているのではないかということでございますが、こちらは、具体的な件数という意味においてはなかなか把握が難しくて、摘発されている事例とかそういうのはございますけれども、実際、本当のところ何件あるかというのは分からないんですが。
もう一つの課題は、古い保険証を使って受診してしまうという方が実際いらっしゃいまして、それが今まで、過去、医療機関の返戻という形で年間六百万件ぐらい医療機関に差し戻されるというようなことが行われてきたということでございます。
それで、ちょっともう少し具体的に申し上げますと、現在の保険証は券面に顔写真がございませんので、やはりどうしても他人の保険証をその方と共謀したりして使う事例がございまして、今までも摘発されたような事例がございましたが、マイナンバーカードを保険証化すると、それは防げるということが期待できるところでございます。
もう一つの課題が、先ほど申し上げましたけれども、患者が新しく、転職などをしたので、新しい保険証を本来使っていただきたいところですけれども、手元にないことによって過去の保険証を使ったりして実際受診を受けてしまうと。でも、ところが、そうなりますと、医療機関が請求しても、その方はもう既に保険資格がないので、医療機関に差し戻されるということが従来ございました。
しかし、今回、このオンライン資格確認システムという仕組みができることによりまして、過去の保険者のデータで請求しても、支払機関の方で振り替えまして、レセプト振替といいまして、本来の新しい保険者のところに請求することが自動的にできるような仕組みを導入してございます。これに伴いまして、この従来発生していた年間数百万件と言われるような返戻、これが大きく劇的に減ってきているというのが現状でございます。
この厚労省認識によれば、まずなりすましなどの不正使用に関しては摘発事例は存在していて統計そのものがない事、そして古い保険証などなんらかのミスによって返戻があり、それが年間約600万件という認識なのがわかります。なりすましに関しては統計がないためにどれくらいあるかは不明なものの、とはいえ年間数万件レベルでもそれが常態化しているならば調査や摘発事例報道がもっと発生している可能性は高く、やはり「保険証の不適切使用」の大抵は本人の対応などを含む事務的なミスによるものと考えた方が妥当でしょう。このミス件数を少しでも減らす為にマイナンバー保険証を導入云々ならまだともかくとして、この「600万件」を直接的に「不正使用」とイコールでつなげて語るのはミスリードと言えます。
外国人が日本の医療を狙って入国してくる云々
関連して外国人が日本の医療サービス、および保険目当てで日本に入国してくるという話が自民党などの保守派からあがりますが、こちらはいくつかの調査が存在します。まず2017年に「在留外国人の国民健康保険の給付状況等に関する調査」というものが行われており、厚労省は以下のような結論を導き出しています*4。
在留外国人不適正事案の実態把握を行ったところ、その蓋然性があると考えられる事例は、ほぼ確認されなかった。
これだと調査内容やそれによる結果の数字がないのでわかりづらいですが、移住連のHPにその内容が載っていたのでそれを引用します。
http://migrants.jp/wp-content/uploads/2018/08/97ad8b24c1ca61ab0302d269c8cb5710.pdf
この調査は2015年11月~2016年10月の1年間に「高額な医療サービス」を使用した外国人が不正に使用していたかどうかという調査であり、対象となった1597名中、不正な在留資格による給付である可能性が残るのが2名、確認が取れなかったのが5名となります。そしてこの調査は後に形を少し変え、厚労省は法務省と連携して「在留外国人の国民健康保険適用の不適正事案に関する通知制度」という仕組みを作り調査をしています。この調査は、
身分や活動目的を偽って、あたかも在留資格のいずれかに該当するかのごとく偽装して不正に日本に在留し(以下「偽装滞在」という。)、国民健康保険に加 入して高額な医療サービスを受ける在留外国人(以下「在留外国人不適正事案」という。)に関する通知制度を試行的に創設する
という目的であり、自民党などからの要望によって出来た制度と考えられます*5。この制度は外国人被保険者が資格取得から1年以内にに国民健康保険限度額適用認定証の交付申請が行われた場合に市町村が各種情報を聞き取りし、在留資格の本来活動をしていないと判断した場合に地方入国管理局に偽装滞在の可能性を通知するという制度です。こちらに関しては現在も調査は続けられている様で、それによれば2018年1月から2021年5月までの間に自治体が入管に通知した件数が30件、在留資格の取り消し件数が0件となっています。
これらは個々の事案がわからないですが、とはいえ入管が在留資格を偽装滞在であると判断して取り消した件数が0件であることを鑑みれば、外国人が日本の保険や医療サービスに乗っかるために入国という言説は実態にそぐわない流言といえるのではないかなと。
■お布施用ページ
*1:ところで引用されている「諸越ゆり」はネタ系なりすましアカウントです。過去に扱ったので興味があれば。https://nou-yunyun.hatenablog.com/entry/2023/07/16/230000
*2:2003年度にこの件数と近かった同課は調べていないので不明
*3:m3.com「オン資運用で「レセプト返戻が4割減」厚労相答弁」
*4:「在留外国人の国民健康保険適用の不適正事案に関する通知制度の試行的運用について」
*5:傍証的には2018年8月15日「外国人の国保利用、調査強化へ 不正事例は未確認でも…」