電脳塵芥

四方山雑記

OECDのデータで「批判的思考」を日本が育んでいないというのはちょっと微妙に思える

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 というツイートがあり、そしてそこで示されてるデータはこちら。

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たしかにこのデータを見る限りは日本は「生徒の批判的思考を促す」を育んでいない教育と読み取れるデータです。正直、異常なほどに。ちなみに「批判的思考」ですが、別名はクリティカル・シンキング。単純に巷で言われている「批判」も含みますが、ちょっと異なる概念と言えます。京都大学大学院教育学研究科教授の楠見孝氏は以下の様に批判的思考を定義しています。

第 1 に、証拠に基づく論理的で偏りのない思考である。第 2 に、自分の思考過程を意識的に吟味する省察的(リフレクティブ)で熟慮的思考である。そして、第 3 に、より良い思考を行うために目標や文脈に応じて実行される目標指向的な思考である。
https://psych.or.jp/wp-content/uploads/old/61-5-8.pdf

実際のデータや質問を見てみよう

 まずこのデータの出典はOECDTALISという調査の2018年版です。さらに日本における調査票はこちら。該当部分に関しては教師に対する質問であり、その質問は以下のようなもの。

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問31 あなたの指導において、以下のことは、どの程度できていますか。
(7) 生徒の批判的思考を促す

つまりは教師に対する自己評価として「生徒の批判的思考を促す」授業を出来ているかという問いになるかと考えます。他の外国は分かりませんが、正直日本の教師に対する「~が出来てるか」系の自己評価で高い値が出るかというとあまり期待できないという先入観がどうしてもぬぐえない。実際にこの問31に対する日本の「かなりできている」「非常によくできている」の回答率は軒並み低いと言えます。少々長いですが全13問の回答は見ていくと以下のようなもの。

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全13問全てで日本が最下位です。これからわかることはむしろ日本の教師の自己評価、TALIS上では「自己効力感」が著しく低いことであって日本で批判的思考を育む教育の問題点のデータとして語るには少々向いていない気がします。文科省もこのデータでは以下の様な結論を出しています。

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日本の小中学校教員は、高い自己効力感を持つ教員の割合が低い傾向にある。
(略)
ただし、このような結果が出た理由として、日本の教員が他国の教員に比べ、指導においてより高い水準を目指しているために自己評価が低くなっている可能性や、実際の達成度にかかわらず謙虚な自己評価を下している可能性もある。

 この結論的な部分は数値が低いことのただの言い訳にもなっていますし、それが謙虚かどうかはともかくとして。このデータで分かることは「諸外国と比較して教師の自己効力感が著しく低い」であって「諸外国と比較して(日本の学校教育が)批判的思考を育まず、無批判服従を良しとする調教を続けた」ではないでしょう。付け加えて言うとこのデータをそのまま教育のデータとして受け取るとするならば、「児童生徒を教室のきまりに従わせる」、「学級内の秩序を乱す行動を抑える」なども諸外国と比較して低く、最下位なので「無批判服従」とは少々矛盾する事になります。一つだけのデータを見ると導かれる結論がそのほかのデータと比較してみると矛盾する部分がある一例のようなものですね。
 あと、脇道ですがポルトガルとか一部の国はどの値も異常に高いんですよね。それらの国は教師の自己効力感が無茶苦茶高いのかもしれませんが、果たしてどこまでこのデータが比較に相応しいかも難しい気がします。ちなみにロシアも表に入ってたんですがこの設問は行っていないのか集計がなかったようなので表から除外してます。なので文科省には48か国平均とありますが、正しくは47か国平均かなと。なおベルギーのみ「- Flemish Comm. (Belgium)」(フランデレン地域 )が別枠で集計されていますが、こちらはややこしいので上記の表からは削除しています。

指導実践から読み取れる「批判的課題」

 批判的思考への教育を考える際にもう一つだけ参考になるデータは存在します。それが指導実践を訪ねた項目におけるもので、内容としては以下のようなもの。

問39 対象学級 における指導について、以下のことをどのくらいの頻度で行いますか。
(6) 批判的に考える必要がある課題を与える」

こちらの各国比較データは以下のようなもの。

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相変わらず日本はぶっちぎりで最下位なわけですが。ただ教師の自己効力感で測るよりも頻度を聞いているこちらの質問の答えから語る方が有益でしょう。それとほかの質問での答えについては少々横着をして文科省の日本のみのデータを拝借しますが、それによると指導実践の結果は以下の様になります。

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参加48か国平均を下回るのが基本な事はわかります。ここら辺は改善をしていかなければならない面もあると思いますが、果たして日本の教育改革が信頼できるかというと正直……、なところもあって難しそう。

 私自身も別段日本の批判的思考(クリティカルシンキング)の教育のレベルが高いとは思いませんが、元ツイートの方のデータから直結的に批判的思考教育が行われていないというのはやや早計かなと考えます。発言と実態があっていたとしても、引用するデータがその発言内容を必ずしも補強しているとは限らないものを持ってきては説得力が落ちます。なお、この記事自体が批判的思考ってやつになると思いますが、はてさてどれくらいの人がこのデータとツイートに対して批判的思考を持っていたか、とか考えるのは性格が悪いですね。OECDの統計表データ探すの、ちょっと手こずった。