【8月17日】「123便 メモ」についての箇所を加筆修正
日本有数の陰謀論を呼ぶ事件として日本航空123便墜落事故がある。その内容は列挙しないが例えば墜落の原因はミサイルによって撃墜された、生存者は自衛隊の火炎放射器で殺された、核弾頭を輸送していたetc。最近ではこういった陰謀論に対してか朝日新聞が「日航機墜落、「自衛隊ミサイル誤射説」をファクトチェック→「誤り」」という記事さえ出していたほどだ。そしてここ数年で増えているのが以下の画像だ。

https://x.com/Coco2Poppin/status/1955848377578741800
この「デマ画像」は既にコミュニティノートが付いている様にNHKはこの動画を偽動画として断言している。とはいえ上記の投稿者である「ポッピンココ@Coco2Poppin」コミュニティノートが付き捏造画像であるとの指摘に対しても「このニュースがあった事実は消せない」と言っており、事実は信念(?)を打ち消すには力足らずの様だ。それはともかくとして、ところでソースとして貼られている文春記事にはこの動画について、"このキャプチャ画像の動画は、少なくとも10年以上前から存在し、今もネット上で確認できる。"とあるし、記事の中での検証対象となっている青山透子『日航123便墜落の新事実』では、
テレビや新幹線内のニューステロップで事故が報道された。その中には多くの人々が驚いた緊急報道があった。それは『自衛隊員二名が射殺された模様』というものだったが、その数分後『先ほどのニュースは誤報でした』という内容だった。具体的には二十時頃、『ただ今現地救助に向かった自衛隊員数名が何者かに銃撃され、死者負傷者が多数出た模様です。情報が入り次第お伝えします』であったと記憶する。なおこのニュースは二〇一〇年まで動画投稿サイトで流れていたが、今は削除されている。
と書かれているようだ。なお日本航空123便墜落事故が起きた1985年には新幹線内にニューステロップが報道される様な車体は存在しないという指摘がなされている。青山説に準じるならば2010年頃から動画サイトにあった様な口ぶりだが、実際にこの動画の出典は何処であるかを記しておく。それと本題に行く間にだが、NHKニュース速報の捏造テロップは「待機命令を無視して救助に行こうとした隊員を射殺」なのだが、青山をはじめ一部では何故か「自衛隊数名が何者かに銃撃されて死傷者が多数」とかなり情報が盛られている。しかしおそらくの情報の発端は前者であるので今回後者については扱わない。
「自衛隊員が射殺」という言説の拡散時期について
まず前段としてだが、このNHKでこのような報道が流れたという「情報」そのものはネット上では2007年頃には既に存在していたようだ。それがわかるのが「【もう】日本航空JAL123便墜落事故【だめかもわからんね】」による次の書き込みだ。
53 名前:@ [2007/02/04(日) 18:51:10 ID:SOgG0y1e]
JAL123便墜落時には、「待機命令に反して御巣鷹山へ怪我人救助を急いだ自衛隊員1名が射殺された」旨、当日のNHKニュースの初報では発表してましたからね。
知らなかったです。酷い。
この命令を下した人物は逮捕されたのでしょうか?
自衛隊員とは、国家から見れば、やはり使い捨ての駒という存在であり、命令に従わない場合、粛清が待っているということなのでしょうね
勿論、逮捕されません。そのまた上の上官の命令に従っただけということでしょう。
彼らは、重症を負いながらも墜落時にはまだ生きていた乗客達に、真実を語られたくなかったので、墜落現場へ到着するまでの時間を引き延ばしたのでしょう(この手口は、ダイアナさんのパリでの自動車事故の時にも使われました)。
後日、ネット上にアップされた資料でも「自衛隊員1名射殺」に言及したものは幾つも見かけましたが、マスコミはそれっきり沈黙して、日本の未来を暗示しました。
あれから18年余の月日が経ちました。
この書き込みの元ネタは「123便 メモ」というブログであるが、このブログは日航機が中性子爆弾で止めをさされたといっているかなり特異な「説」を述べているブログだ。そしてこの情報が書かれた記事である「123memo」は「1985/8/12」という日付で登録されている為に正確にいつの日付に書かれたのかは不明だが、他の日付が書かれた記事や運営者である「ja8119」が運営していた他のブログでの更新なども見る限り2006年末から2007年頭ごろかと思われる。なおこの記事の冒頭には尼崎市のJR福知山線の事故(2005年)が書かれているのだが、記事の最後には「あれから18年余の月日が経ちました。」とある。日航機墜落は1985年となるわけで、その18年後ならば2003年となる。一つの記事で時系列がごちゃごちゃになっている不思議な文章なのだが、その他にも共同通信社の編集委員室が運営していたチャンネルKの2004年の文章の剽窃があったりするし、色々な文章を繋ぎ合わせたキメラの様な記事となっている*1。それと最後の改行ややり取り的な文章を見るとは掲示板の書き込み、若しくは質問者と解答者という形式の文章コンテンツに見える。ただしこの「やりとり」が何処から来たかは不明だ。文章のキメラ度を考えるとここに書かれている内容も他のどこかの書き込みの剽窃と合成と思われる。そしてこのブログにはいくつもの「123memo」という記事が存在し、それらの記事を読む限りはネットの書き込みや「証言」がいくつも書き込まれた文字通りの運営者にとっての「メモ」なのだろう。しかしこのメモにはそのソース(URL)がほぼ存在しないという致命的な欠陥が存在する。色々な文章を寄せ集めているだけに果たしてソースが一つなのかは不明ではあるが、おそらく一つの情報源となったのが「御巣鷹山ゲストブック」という掲示板だろう。これは「123便 メモ」の記事の中に「実は妙なことを今頃思い出したのです。」から始まる文章が存在するのだが、これは「ワールドフォーラム・レポート」というブログでも引用されており、そこにはソースとしてリンクが存在し、そのリンクを探ると「御巣鷹山ゲストブック」というteacup掲示板に行き当たる*2。この掲示板はアーカイブ上に2006年末頃の情報は存在していないので当時の状況はわからないが、掲示板サービス終了後に後継となる「御巣鷹山の悲劇」が生まれている。その性質は新掲示板の初期書き込みに「JAL123便墜落事故の真実を知り~」とある様に事故の「真実」を求めるタイプの掲示板の側面を持つといえる。そしてここに書き込まれた内容のいくつかを「123便 メモ」の運営者は転載していたのだと思われる。それを考えれば上記の「自衛隊が射殺」に関する書き込みはその「やり取り」的な内容にもある程度の納得がいく。とはいえ「123memo」にある全ての情報が御巣鷹山ゲストブックからの転載かというと、チャンネルKからの転載などを見るとそれは違うだろう。アーカイブ上にも問題の書き込みが存在していないので立証は不可能と言える。ただ少なくとも「123memo」は転載であり、その「転載」が5chに転載されるに至っているわけで、この言説自体がその後に生き残り拡散していったと言える。
そしてこの「自衛隊員射殺」についての書き込みがいつ行われたかを考えるとするならば、「あれから18年余の月日」という事を真に受けて考えるならば2003年に書かれたものとなる。しかしながら5chに現存する「●JAL123便墜落 18年目」ではNHKのテロップについては「長野県北相木村の御座山北斜面」について触れられているのみで(これは誤報)自衛隊の死亡については当然触れられていない。また上記の書き込みがなされているスレッドの過去ログとして列挙されている2004年の「JAL123便」、「JAL123ボイスレコーダの思い出」、「JAL123ののこしてくれたもの」でもこのテロップの件については触れられていない。問題の2007年の書き込みはこの時点の5ch掲示板内で出典を聞かれるくらいに「珍しい」説だったことが窺える。ブログ「123便 メモ」にはいくつものこういった「証言」が書かれているが「自衛隊員が射殺」という情報は上記のやり取りだけとなる。また御巣鷹山ゲストブックを運営していた管理人SUZAN のHPには掲示板の過去ログ(1999年~2005年8月5日(一部欠損あり))があるのだが、この掲示板内に限る話で言えば1999年から2005年8月までの期間内に「自衛隊員が射殺」されたという書き込みは一切ない。つまりこの「自衛隊員が射殺」という認知はこの頃にはほぼなかったであろう事が窺える。なお「123memo」にある「あれから18年~」が2003年の書き込みだとした場合、少なくとも御巣鷹ゲストブックの過去ログにこの書き込みは存在しなかった為に、ここ以外が出典の可能性が存在する。ただ仮にこの「情報」が2003年頃にあったとしても2007年当時ですら相当に珍しい説だったことは変わらない。しかしこの情報が広まった時期としては2007年頃だと思われ、例えば引用が見られるブログとしては2007年12月9日の「横浜文化カレッジ・Yokohama CC」などがある。ただこの時期のHPはかなりの数が消滅してしまったためにどの程度の広まりだったか不明なものの、少し時間のたった2010年には「日航機墜落の真実を求めて」というHPでもこの情報が伝播しているのだが、このHPの2009年ごろのアーカイブにはその様な情報は存在していない(同HPには「自衛隊員数名が、何者かに銃撃され死者負傷者数名」という文言も加筆されている。「何者か~」は少なくともこの時期に誕生していたことがわかる)。また別のブログとしては2010年1月の「(新) 日本の黒い霧」のコメントにもこの件が触れられている事から00年代後半に徐々にこの情報は増えていき、2010年頃にはこういった日航機墜落事故に言及するブログにまで書かれるほどに広まったのだろう。2011年には「週刊金曜日」でもこの「誤報」が語られるに至る。
捏造テロップ動画を作ったのは誰か
前置きが長くなったが、以上の様に2010年あたりからこの認知が広まっていったことがわかる。ただ当然この時点では動画は存在しない。例えばニコニコ動画には2009年にyoutubeからの転載として「日本航空123便墜落事故」がアップされていたようだが、これは捏造テロップは入っていない素の状態だ*3。ではいつ誰がこの捏造テロップ動画がネット上にアップロードしてのか。青山は2010年頃にはあったというがそれは事実ではなく、実際には2017年8月27日の「アップしたら消されかねない動画」がそれだ。

https://web.archive.org/web/20170901190809/https://www.nicovideo.jp/watch/sm31816596
現在は削除されている為に見ることは出来ず、またタイトルからも判断できず上記のスクショからはタグのみで判断するしかない状態になっているが、サムネイルは次の様なものだった。

https://girlschannel.net/topics/2285999/2/
ちなみにこの動画がテレビ下北沢が作成したであろう事は「テレビ下北沢の一日 2017秋」という動画の16分20秒ごろに上記動画が入っている事からもわかる。そして当時の5chスレッド「【JAL】日航ジャンボ機墜落事故 35【123便】」の9月の書き込みで「この動画マジ?」という反応が見られるが当初からコラだという指摘が存在する。なお前スレにおいてはこの動画については触れられてはいないが、当時すでに青山本が出ている為にあたかもテロップがあった様に語っている人物がいる事がわかる。またこの前スレでこのニコニコ動画以外の動画については触れられていない。そしてこの動画の投稿者であるTSKテレビ下北沢放送網公式chことamr姉貴兄貴なのだが、この人物はニュースパロディ動画や、同性愛をネタにする「淫夢」動画を多く作成する人物となる。何故この動画を作るに至ったまでかは不明だが、兎にも角にもそういう人物が作ったネタ動画的なものだと言える。初発は「ネタ」をわかっている人たちの中に向けての動画でもあったのだろうが、しかしこれが時を経つにつれて陰謀論界隈にも広まっていく事となる。例えば早い例でいうと2018年8月には「この星に生まれてきた君へ」というブログでキャプチャ画像の使用が見られ、2019年にはヤフー知恵袋でスクショを用いた質問をはじめ、いくつかのブログでスクショの使用が見られる*4。こうして10年代後半に動画が生まれ、徐々に広まっていき、20年代にもそのまま訂正されることなくやがては陰謀論のインフルエンサーにまで届き、そして使用される事によって冒頭へと繋がっていったのだろう。
ただこの「捏造テロップ」であるが、捏造であることが示されても「私は見た」という人物はあとを絶たない。そもそも動画が出来上がる前から存在している情報であるのでこの動画が「捏造」であってもほかに「真実」があるという逃げは可能とは言える。ただ例えば「JAL123便墜落緊急報道特番」でNHK、TBS、フジの当時の緊急特番の件のテロップは当然ない。今回調べるにあたっては書籍にまでは手を出していないので、果たしてこの射殺という「誤報」が何時、何処で生まれたのかもイマイチ不明だ。ただ少なくとも00年代中盤まではその様な認知は芽生えておらず、ネット上でよく見られるようになったのは00年代後半頃からとなる。言えることはこの言説そのものが00年代はほぼ知られていなかったにも拘らず転載が続くことで拡散し続け、10年以降に青山本などによってあたかも事実かの様に語られている程に育ってしまったという事だろう。
最後に少し話は変わって別の陰謀論が発生していたのでメモ的に置いておく。youtubeに「元CA凛子の「お仕事・生活・人生模様」」という生成AIで生み出された「美女」がCAについての語りをするようなチャンネルがあるのだが、1年ほど前から日航機123便墜落系youtuberとでもいうべき方向転換を果たしていた。そして40年に合わせて「【40年追悼】封印された言葉を解き放つ─40年目の真実【日本航空123便御巣鷹山墜落事件】」という動画をアップしていた。

この動画ではボイスレコーダーが開示され、そこにはミサイルを撃たれて被弾したという声が入っていると主張する動画だ。ただ正直、該当部分を聞いてもそのようには聞き取れないし、動画のネタの為の創作の類に見える。また運輸安全委員会「日本航空 123 便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書についての解説」において当時のボイスレコーダーが公開されているが、その様な箇所はない。とはいえ「隠された」部分が開示されたという体だろうから馬耳東風だろう。今後はこの情報も蔓延っていくかもしれない。
【追記】
ふと思ったのだが、歴史的事実としては日航機が墜落した場所については事故当初は錯綜し、結果的にそれは「誤報」となったわけである。ところで日航機墜落の陰謀論が生まれた時期までは調べてないものの例えば1998年に池田昌昭 が『JAL123便は自衛隊が撃墜した』という書籍を出したようにインターネットが盛んになる前から書籍が出る程度にはそういう認知があり、そこには「自衛隊」があたかも犯人というか、悪者として扱われている事が窺える。この「誤報」と「自衛隊という犯人」が合わさって出来たのが「自衛隊員が射殺」なのかなと、特に根拠もなく思ったりした。
*1:なおチャンネルKの文章が剽窃されたのは日航機墜落の取材をした入江敏彦記者が関連しており、また入江は飛行機事故死をしている。これらが関連してフジ記者の事故死として一部で語られていたためだろう。
*2:その他にも「123便memo」の中に「M2」という人物の情報があるが、御巣鷹山ゲストブックにも同様に「M2」という人物の書き込みがる。これらのことからもこの掲示板からの転載を行っていたことが窺える
*3:このニコニコの動画がオリジナル動画として5chのスレッドで紹介されている事がわかる。アーカイブ上では2016年のyoutubeに挙げられている動画から当時のNHKニュース速報が見ることが可能だ。
*4:例えば「藤花日記」、「Goodbye! よらしむべし、知らしむべからず」。ちなみにだが「めざまし政治ブログ」というブログでは2009年に書かれた記事に対してこのスクショが使用されているのだが、この記事は徐々に情報が追加されているためにそうなっているだけであり、2019年のアーカイブ時点でスクショ使用はない。
