電脳塵芥

四方山雑記

亜留間次郎によるアラビア書道が「欧米のインクにより市場が駆逐されて墨の自作を強いられていた」のを日本の墨汁が救ったというエピソードは疑わしい


https://x.com/aruma_zirou/status/1916706957525913834

 無視をしても良かったのだが、かなり拡散していたのでメモを書いておく。まず「亜留間次郎@aruma_zirou」はソースを提示していない。今回の件に関する投稿は上記二つと下記の一つだけだ。


https://x.com/aruma_zirou/status/1916718350383579277

事実として民博のアラビア書道の展示品にある様に日本の墨汁がアラビア書道で好んで使用されているのはその通りだ。しかし、それ以外の「亜留間次郎」の投稿内容には疑念点がある。欧米から「インク/製品」が市場の商品として出回った時期が中東に出回ったことに異論はない。だがその際に果たして中東の各市場に「市販品」としての「伝統的な墨」はどれだけ存在したのだろうか。また、この「伝統的な墨」が何を指すのかが曖昧としている。「アラビア書道の世界」というHPにおいては"石油ランプに溜まった煤(スス)を集め、アラビアガムなどを混ぜて粘りを出したものを薄めて使用"とあることからこれが「伝統的な墨」として考えるとしても、これが欧米の製品が到来する前に「市場」に「製品」として流通するほどであったのだろうか。

そしてこの「伝統的な墨」と「自作の墨」は果たして違うのだろうか。ただこれらを好意的に解釈して「伝統的な技法で作られた墨」が当時の中東の市場に「市販品」として存在していて、それが「欧米のインク」に駆逐されたとしよう。ただならば「欧米のインク」がインク/墨市場を制覇したという事であるが、ならば何故書道家は「墨の自作を強いられた」のだろうか。欧米のインクを使用しない理由がここでは不明だ。現在のアラビア書道においても欧米のインクを普通に使用している。エジプトのBaianatという企業HPにはアラビア書道についての紹介ページが存在し、最適なインクの種類においてダイソーの墨汁のほかに独逸SchminckeのAERO COLORが写真付きであるほか、文字ではカリグラフィーインクも存在する。また中東協力センターニュース(2013年4/5)ではアラビア書家の佐川信子が次のように述べている。

書に使用するインクは、古くは煤を素材として調合されたものであった。調合法は書家それそれが工夫を重ね、弟子にのみ伝授されたが、 互いに尊敬し合う書家同士は情報交換することもあった。現在では製図用インクや墨汁のほか、 色インクを好んで用いる書家も多い。(p.74)

当然、佐川はアラビア書道に「伝統的な墨」の危機が訪れたという様な事は書いていない。むしろここから読み取れるのはアラビア書道は日本の書道の様な墨一択という様なものではなく、書くためのインク/墨を柔軟に選択するという事だろう。また色インクとあるようにアラビア書道は黒一色でもないらしい。「伝統的な墨」が消えたという事をこの「弟子にのみ伝授された墨」と受け取るならば商品化市場によって駆逐されたのかもしれないが、それは「市販品の墨」ではない。このインクの弟子への継承を考えるならば、自作は「強いられていた」ではなく「伝統を守っていた」となるのであり、日本製を含めた既製品のインクが市場に出回ることによってアラビア書道を行う人物がそれらを市場で購入する様になり「自作」をしなくなったということではないか。
 「伝統的な墨」は現地の言葉で言えば「アラビアインク(الحبر العربي الأسود)」にとなるだろう。ただイラクのカルバラー大学によるアラビアインク産業アラビアインク:入門というページにはこのアラビアインクが駆逐されたような記述はない。これらのページは産業史といったものではなく化学的記述などもあるためにそちらがメインとはいえ、もしも「駆逐」されたならば一言もそれに触れていないのは不自然に見える。なおこの「アラビア書道環境を日本の墨汁が救った」と言わんばかりのエピソードだがX上では亜留間次郎が初めて披露した人間となる*1。これは日本語においてもそうだが、アラビア語でも上記のカルバラー大学を含めてその様な言説はない様に見える。あるのはアラビア書道において日本の墨汁がそれなりに使用されているという事だけだ。しかし当然ながらアラビア書道には日本の墨汁以外にも使用されており、それは国立民族学博物館の投稿に付けられた写真からもわかる。


https://x.com/MINPAKUofficial/status/1911992883424763963

日本の墨汁が売れたから外国でもこういったインクをアラビア書道のために市場に供給したという線は限りなく薄いだろう。これらから考えられるのは亜留間次郎がバズ投稿にかこつけてさらにバズりそうな事を吹聴した可能性を考えてしまう。なぜなら過去に「亜留間次郎氏がツイートしていた「ウラジオストック領事のワタナベエリ」という女性の話はデマ」で扱ったが、このアカウントは意図的に嘘をついたことがあるだ。今回の件は嘘と確定できるわけではないが、甚だこのエピソードは疑わしいと思わざるを得ない。



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