電脳塵芥

四方山雑記

浴室保有率についての話

 なんてのがあったので「家の風呂」の話でも少し。
 まずドラえもんの連載開始時期は1969年12月です。この方の言っている事を真に受ければ一般に「家の風呂」に入る習慣はドラえもんの連載開始時期である1970年代にはなかったことになりますが、その世代でない私でさえ感覚的にかなりの疑問符が付きます。とはいえ、そんな個人的な感覚は置いておいてデータでも。
 住宅の浴室有無については総務省が昭和23年以来、5年ごとに行う「住宅・土地統計調査」という調査で統計がとられています。ただし、現状のネット上では直接該当調査を調べようとしても1988年の調査までしか遡れません*1。なので該当調査を使用している以下のHPからグラフを引用します。

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図録▽銭湯の軒数と料金

グラフから見て分かる通り1970年代の浴室保有率は7割くらい、一貫して上昇傾向であり70年代後半には8割ほどの普及率となって言います。日本列島改造の時期を田中角栄が総理であった1972~74年とし、その時期に浴室保有率が上がったのは事実です。70年代初頭には3割が「家で風呂に入る」習慣がなかったというのは今から考えればかなりの割合といえるでしょう。しかしながら7割の住宅に浴室がある状態で「家で風呂に入る」習慣がなかったというのは誇大表現です
 この浴室有無については全国平均であろう事にも留意が必要です。たとえば鳥取県統計課の住宅・土地統計調査 平成20年(速報)III 結果の概要には以下のグラフが見受けられます。

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これは鳥取県に限った場合の浴室保有率などの推移ですが、昭和53年(1978年)時点の鳥取県浴室保有率は90%を超えています。この時の全国の保有率は82.8%となり、全国を8%ほど上回っています。反面、2008年の東京23区の浴室保有率を見ると89.6%で全国平均よりも下回る保有率となっています。東京が低い理由は浴室無しの割合が多い「民営借家 (木 造・設備共用)」や「民営借家 (非木造・設備共用) 」などが多いからと想像できます。これらの住宅は家族で住むというよりも学生や独身の人間が住むという傾向の強い住宅の可能性が強く、家族という括りで住むことは少ないと考えられます。彼らが地方から出てきた場合、浴室のある家がある可能性はそれなりにあるかと考えます。

 また東京ガスHPにある「風呂文化歴史研究会」を見ると以下の様な記述がなされています。

昭和20年代 戦後復興期 1945~1954年
 銭湯の時代
 ・みんなが集まるお風呂
 ・石炭や薪でたいた時代
昭和30年代 住宅供給を目指した時代 1955~1964年
 内風呂の時代
 ・新しいタイプの浴槽が登場
 ・お湯のある快適なくらしを目指して
昭和40年代 高度成長期 1965~1974年
 お風呂の近代化の時代
 ・バランス釜の登場
昭和50年代 より快適な住生活へ 1975~1984
 お風呂の技術革新の時代
昭和60年代・平成以降 高齢化・家庭回帰の時代 1985~
 お風呂の多様化の時代
※一部削除しています。
東京ガスHPは項目だけですが、こちらのHPに各項目の文章があります

保有率などの具体的な数値がないのは痛いですが、大まかに風呂の時代区分けがなされており参考になります。55~64年には「内風呂の時代」と銘打たれており、住宅・土地統計63年調査の浴室保有率が59.1%という事を鑑みればこの前の時期に内風呂が徐々に一般家庭に普及し始めたことがうかがえます。その後の65~74年もバランス釜の登場(65年)などにより、普及が安定的に推移したのは統計からも明らかですが、70年代に爆発的に入浴習慣が増えたとは言えないでしょう。

 事程左様に地方によっては70年代に9割近くの住宅が浴室を保有している地域は存在しており、また浴室がない住宅に関してもそこに住む住人の出身次第では「家で風呂に入る」という日常は共有していた可能性は大いにあります。また浴室の一般への普及時期もそれよりも前の年代と考えた方が妥当です。もう一度書きますが、一般的に「家で風呂に入る」習慣が新しいものとは言えないでしょう。
 そもそも「入浴シーンを覗く」という行為、それも対象者が少女であるという表現に対して、”「家で風呂に入る」というこれまでの日本になかった習慣を新しく出来た「非日常のプライベート空間」として面白がっている”という説明は意味不明というか、おためごかしにしか見えません。新しい云々を抜きにしても、このシーンは普通に「非日常」でしょう。風呂に入ってたら突然に人が現れるんだから。このシーンは風呂に入った裸体の人間(性的対象)を覗くというカッコつきの「サービスシーン」と捉えるのが普通で、プライべートな風呂に侵入したこと自体を非日常として楽しんでいるのではなく、それによってハプニング的で合法的な言い訳として現れた性的消費を「楽しむ」ものではないかと。ただ、その「楽しむ」は対象の「非日常のプライベート空間」を侵したものであり、現代において使用に耐えうる表現かというと、もうそういう時代じゃないはずで。
 大体、女性がプライベートで風呂に入ってたら男性が急に風呂に入ってくるって、普通に恐怖・通報案件では。勿論、この性が逆だとしも。

お風呂の歴史 (文庫クセジュ)

お風呂の歴史 (文庫クセジュ)

*1:脇道ですが、この浴室有無の調査は2013年からは調査項目から外れたらしく、2013年、2018年調査には見受けられません。見落としがなければですが……。それと昭和23年から昭和33年の調査も見れないので、その時期に項目があったのかも不明